訓読 >>>
1279
梓弓(あづさゆみ)引津(ひきつ)の辺(へ)なる名告藻(なのりそ)の花 摘(つ)むまでに逢はずあらめやも名告藻の花
1280
うちひさす宮道(みやぢ)を行くに我(わ)が裳(も)は破(や)れぬ 玉の緒(を)の思ひ乱れて家にあらましを
要旨 >>>
〈1279〉この引津の辺りに咲いているという名告藻の花よ。その花を摘むまでは逢わないということがあろうか、名告藻の花よ。
〈1280〉あの人に逢えるかと都大路を行き来しているうちに、私の裳裾はすり切れてしまった。こんなことなら、思い乱れても家にじっとしていればよかった。
鑑賞 >>>
『柿本人麻呂歌集』から、旋頭歌形式(5・7・7・5・7・7)の歌2首。1279の「梓弓」は、引くと続いて「引津」にかかる枕詞。「引津」は、福岡県糸島市の入海。天平8年の遣新羅使たちも、そこの港に停泊して歌を作っています。「辺なる」は、辺りにある。「名告藻の花」の「名告藻」は、海藻のホンダワラ。ここは、軽率に名を告(の)るなと親から言い含められている女を譬えています。「摘むまでに」と、名告藻は花は咲かないのにこのように言っているのは、ありえないことで、いつの日にかはという意の譬喩。「逢はずあらやも」は反語で、逢わないということがあろうか、逢う。窪田空穂は、「旅人としてその土地の女と関係を結んだ男が、女と別れる際、別れかねる心をもっていったものである。『莫告藻の花』は、含蓄をもった巧妙な譬喩である。一見平凡にみえるが、すぐれた歌才を示しているものである」と述べています。
1280の「うちひさす」は、日の光の輝きに満ちたという意で「宮」にかかる枕詞。「うち」は、一面にの意の接頭語か。「宮道」は、皇居へ通う道。「玉の緒の」は「乱れ」の枕詞。玉を貫き通した緒が絶えて玉が乱れる意でかかります。「思ひ乱れて」は、愛する男性(大宮人)に恋い焦がれるあまり心が千々に乱れて、の意。前半の「宮道を行く」のが、その男性に逢いたい気持ちからだったことが分かります。「あらましを」の「まし」は反実仮想で、いればよかったのに。
古典文法
係助詞
助詞の一種で、いろいろな語に付いて強調や疑問などの意を添え、下の術語の働きに影響を与える(係り結び)。「は・も」の場合は、文節の末尾の活用形は変化しない。
〔例〕か・こそ・ぞ・なむ・や
格助詞
助詞の一種で、体言やそれに準じる語に付いて、その語とほかの語の関係を示す。
〔例〕が・に・にて・の
間投助詞
助詞の一種で、文中や文末の文節に付いて調子を整えたり、余情や強調などの意味を添える。
〔例〕や・を
接続助詞
助詞の一種で、用言や助動詞に付いて前後の語句の意味上の関係を表す。
〔例〕して・つつ・に・ば・ものから
終助詞
助詞の一種で、文末に付いて、疑問・詠嘆・願望などを表す。
〔例〕かし・かな・な・なむ・ばや・もがな
副助詞
助詞の一種で、さまざまな語に付いて、下の語の意味を限定する。
〔例〕さへ・し・だに・
助動詞
用言や体言に付いて、打消しや推量などのいろいろな意味を示す。