大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

石上乙麻呂が土佐国に流されし時の歌(2)・・・巻第6-1020~1021

訓読 >>>

大君(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み さし並ぶ 国に出でますや わが背の君を 懸(か)けまくも ゆゆし恐(かしこ)し 住吉(すみのえ)の 現人神(あらひとがみ) 船の舳(へ)に 領(うしは)き給ひ 着き給はむ 島の崎崎(さきざき) 寄り賜はむ 磯の崎崎 荒き波 風に偶(あ)はせず 恙(つつみ)無く 病(やまひ)あらせず 急(すむや)けく 還(かえ)し賜はね 本(もと)の国辺(くにへ)に

 

要旨 >>>

 天皇のご命令を謹んでお受けし、隣り合わせの土佐の国へとお出かけになるのか、わが背の君、口にするのも恐れ多い住吉の現人神さま、どうか船の舳先に鎮座なさり、お寄りになる島の岬々や磯の岬々では、荒い波に遭わせず、恙無く病気をすることもなく、すぐにもお帰しください、元のこの大和の国に。

 

鑑賞 >>>

 土佐路すなわち紀伊国から土佐国へ船出する地に護送される時に、乙麻呂を「わが背の君」と呼ぶ身分の低い人の心で詠んだ歌、あるいは久米若売が詠んだ形をとっています。航海中の無事を住吉の神に祈り、あわせて、病気をすることなく、早く赦免になることまでも祈っており、前の歌(1019)を進展させたものになっています。

 「さし並ぶ」は、きちんと並ぶ。土佐と紀伊が同じ南海道に属し、海を隔てて並んでいることから言っています。「国に出でますや」の「国」は、土佐の国。「出でます」は「出づ」の敬語。「や」は、感動の助詞。「懸けまく」の「まく」は助動詞「む」のク語法で名詞形。言葉に出して言うこと。「住吉の現人神」は、海神を祀り航海の安全を守る大阪市住吉神社。住吉の大神については、『日本書紀神功皇后紀に、「新羅出兵の時、顕現(けんげん)し給うて、皇后の御船を守った」と記されており、万葉の時代にも、後悔の安全を守護する神として篤く信仰されていました。「領き給ひ」は、支配なさって、領有なさって。「恙無く」は、つつがなく、無事に。「急(すむ)けく」は「すみやかに」の古語。「還し賜はね」の「ね」は、願望の助詞。

 なお、この歌には、1首の長歌でありながら1020・1021の2つの番号が振られていますが、古くは最初の5句「わが背の君を」までを独立した1首の短歌(1019の反歌)としており、『国歌大観』編者もそれを踏襲し2首に計算したためだとされます。本居宣長がこれを1首の歌として続け、以来、今の形になっています。

 

 

『万葉集』掲載歌の索引

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