大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

朝霞鹿火屋が下に鳴くかはづ・・・巻第10-2265~2266

訓読 >>>

2265
朝霞(あさかすみ)鹿火屋(かひや)が下(した)に鳴くかはづ声だに聞かば我(あ)れ恋ひめやも

2266
出(い)でて去(い)なば天(あま)飛ぶ雁(かり)の泣きぬべみ今日(けふ)今日(けふ)と言ふに年ぞ経(へ)にける

 

要旨 >>>

〈2265〉蚊火屋の陰で鳴くカジカの声を聞くように、せめてあの人の声だけでも聞くことができたなら、こんなにも恋い焦がれたりしない。

〈2266〉私が出立してしまったら、空飛ぶ雁が鳴くように妻が泣き悲しむだろうと思って、今日は今日はと思っているうちに年を越してしまった。

 

鑑賞 >>>

 2265は「蝦(かはづ)に寄す」歌。「朝霞」は「鹿火屋」の枕詞。「鹿火屋」は、収穫前の田畑を荒らす鹿や猪を追うために火を焚く小屋。焚く火から出る煙を、朝霞に見立てているのでしょうか。「蝦」は、カジカガエル。上3句は「声」を導く序詞。「声だに」は、声だけでも。「やも」は、反語。蛙の声を聞いて恋人の声を思い浮かべるというのは、現代の私たちから見れば不思議な感覚のように思えます。

 2266は「雁に寄せる」歌。「天飛ぶ雁の」は「泣きぬ」を導く序詞。「泣きぬべみ」は、相手が泣くだろうから。「今日今日と」は、今日こそは出て行こうと。「ける」は「ぞ」の係り結び。妻を置いて旅に出る前の夫の歌であり、出立の日を延ばすこともできたというのは、出稼ぎの旅のような、生活に迫られてのことだったのでしょうか。

 

 

 

係り結び

 文中に「ぞ・なむ・や・か・こそ」など、特定の係助詞が上にあるとき、文末の語が終止形以外の活用形になる約束ごと。係り結びは、内容を強調したり疑問や反語をあらわしたりするときに用いられます。

①「ぞ」「なむ」・・・強調の係助詞
 ⇒ 文末は連体形
   例:~となむいひける

②「や」「か」・・・疑問・反語の係助詞
 ⇒ 文末は連体形
   例:~やある

③「こそ」・・・強調の係助詞
 ⇒ 文末は已然形
   例:~とこそ聞こえけれ

『万葉集』掲載歌の索引

【為ご参考】三大歌集の比較