訓読 >>>
沫雪(あわゆき)かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何(なに)の花ぞも
要旨 >>>
泡雪がはらはらと降ってきたかと見えるほどに、流れ散りつづけているのは何の花だろう。
鑑賞 >>>
駿河采女(するがのうねめ)の歌。「沫雪」は、はらはらと降る泡状の雪、泡のように消えやすい雪で、「淡雪」とは異なります。主として春の雪を言いますが、冬の雪にも言います。「はだれに」は、まだらに。融和密着しないでばらけているさまをいう擬態語。「流らへ」は、「流る」の継続。古くは、雨が降り、風の吹く状態にも言った表現です。白梅の花がさかんに散っているようすを見て、ふと何の花だろうと訝った気持ちをうたっています。梅の散り方としては誇張した表現になっていますが、窪田空穂は、「気分になし得ているので、わざとらしさや厭味のないものとなっている」と評しています。また、平安期にはこうした技法の歌が盛んに詠まれるわけですが、飛鳥時代の作であるこの歌にも、すでにその原型が見えているのが興味深いところです。
作者は駿河出身の采女とされますが、伝不詳。『万葉集』には2首の歌を残しています。采女というのは、天皇の食事に奉仕した女官のことで、郡の次官以上の者の子女・姉妹の中から容姿に優れた者が選ばれました。身分の高い女性ではなかったものの、天皇の寵愛を受ける可能性があったため、天皇以外は近づくことができず、臣下との結婚は固く禁じられていました。
『万葉集』で梅を詠み入れた歌は約120首あり、萩を詠んだ約140首に次いで第2位の数となっています。ただ、萩とは違い、梅は庭園に植えて愛でられた渡来の花樹であるため、限られた階層の人々の歌の対象として、片寄ったあり方で存在します。また、古今集以後の歌人に愛でられたような、その香を歌ったものは殆どありません。
⇒ 各巻の概要