訓読 >>>
1105
音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川(よしのがは)六田(むつた)の淀(よど)を今日(けふ)見つるかも
1106
かはづ鳴く清き川原(かはら)を今日見てはいつか越え来て見つつ偲(しの)はむ
要旨 >>>
〈1105〉評判に聞いているばかりでまだ一度も見たことのなかった、吉野川の六田の大淀を、今日初めて見たよ。
〈1106〉河鹿の鳴き声がする清らかな川原、今日このすばらしい川原を見たからには、またいつの日にかやってきて楽しみたいものだ。
鑑賞 >>>
「河を詠む」歌。1105の「音に聞き」は、評判に聞き。「六田の淀」の「六田」は、奈良県吉野町の六田で、現在は「むだ」と呼ばれています。「淀」は、川幅が広がり、流れが緩やかになっているところ。1103の「み吉野の大川淀」と同じ。「今日見つるかも」の「かも」は、詠嘆。南北の山あいをゆっくり流れる吉野川は、この辺りで一段と川幅が広くなっており、大和平野では決して見ることのない景観には、さぞ心奪われたと見えます。
1106の「かはづ」は、カジカガエル。渓流の岩の間に棲み、夏から秋に澄んだ美しい声で鳴きます。「川原」は、下の「越え来て」の語から、1103~1105と同じ吉野川と察せられます。「見つつ偲はむ」の「偲ふ」は、賞美する意。ここまでの4首で一組となっており、乗馬で吉野を遊覧した官人たちの歌と見られています。
吉野川は、紀ノ川の上流の奈良県内の呼称で、奈良県中東部、日本最多雨地帯の大台ヶ原に源を発し、北西に流れて吉野町で西に転じ、和歌山へ入って紀ノ川と名前を変えて紀伊水道へ注ぎます。古くから奈良盆地と和歌山平野、さらには瀬戸内海を結ぶ交通上の動脈として陸の南海道とともに重要な役割を果たしてきました。紀ノ川の河川名は「紀伊国」に由来します。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について