大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

秋萩の散りの乱ひに・・・巻第8-1550

訓読 >>>

秋萩(あきはぎ)の散りの乱(まが)ひに呼び立てて鳴くなる鹿(しか)の声の遥(はる)けさ

 

要旨 >>>

萩の花が散り乱れている。折しも、妻を呼び立てて鳴く牡鹿の声が、遥かに聞こえてくる。

 

鑑賞 >>>

 湯原王(ゆはらのおおきみ)の「鳴く鹿の歌」。「散りの乱ひ」は、散って乱れること、散りまごう状態。他にも用例があり、成句になっていた語です。「呼び立てて」は、牡鹿が牝鹿を呼び立てて鳴いている意。広大な萩原の眺望を楽しんでいた時の瞬間的な光景を詠んだ歌であり、秋風によって萩の花が盛んに散るのに驚いた牡鹿が、牝鹿を呼び立てている声が聞こえると言っています。窪田空穂は、「『散りの乱ひ』の目前の景と、『声の遙けさ』のやや遠い景を対させ、萩原の広さを暗示にしているのも、用意をもってのことである」と述べています。

 湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に白壁王(光仁天皇)・春日王海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の端正で透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されており、家持に与えた影響も少なくないといわれます。兄弟の白壁王が聖武天皇の皇女(井上内親王)を妻として位階を進め、即位の約1年半後には、皇后や皇太子を廃して獄死させているのと比較すると、王は、人間らしい風雅の道を選んだらしくあります(本心や才能を隠しつつ政争から逃れ、一生無位だったともいわれます)。生没年未詳。『万葉集』には19首。

 

 

『万葉集』掲載歌の索引

湯原王の歌(索引)