訓読 >>>
なでしこのその花にもが朝(あさ)な朝(さ)な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ
要旨 >>>
あなたがなでしこの花であったらいいのに。そうしたら、朝が来るたびに手に持って、いつくしまない日はないだろうに。
鑑賞 >>>
大伴家持が、坂上家の大嬢(おほいらつめ)に贈った歌。「坂上家の大嬢」は、大伴宿奈麻呂と坂上郎女との子で、家持の従妹にあたり、後に家持の妻となった人です。
「なでしこ」は、今の河原なでしこ。「その花にもが」の「もが」は、願望の助詞。「~であったらなあ」と願望し、その下に「そうしたら~であろう」のように期待の実現を推量形で述べる表現。「朝な朝(さ)な」は「あさなあさな」の約で、毎朝の意。「恋ひぬ」の「恋ふ」は、一般的には眼前にないものを慕わしく思う意ですが、ここは眼前に見ながらも愛着する意となっています。「なけむ」は「なからむ」の意で、形容詞「なし」の未然形「なけ」に推量の助動詞「む」のついたもの。ここでは、なでしこの花を大嬢に譬えていますが、これに大嬢が答えた歌はありません。
なでしこは、山野や河原に自生する多年草。秋の七草の一つですが、夏の草としても登場します。夏にピンク色の可憐な花を咲かせ、我が子を撫でるように可愛らしい花であるところから「撫子(撫でし子)」の文字が当てられています。そのため、なでしこを擬人化したり、人と重ね合わせたりして、特に万葉後期の歌に多く詠まれています。