訓読 >>>
1251
佐保川(さほがは)に鳴くなる千鳥(ちどり)何しかも川原(かはら)を偲(しの)ひいや川(かは)上(のぼ)る
1252
人こそばおほにも言はめ我(わ)がここだ偲(しの)ふ川原を標(しめ)結(ゆ)ふなゆめ
要旨 >>>
〈1251〉佐保川で鳴いている千鳥よ、いったい何を慕って、ますます川を上っていくのでしょう。
〈1252〉他人は何でもない川原のように言うけれど、私がこんなにも恋い慕っている川原なのです。標など結って入れないようには決してしないでください。
鑑賞 >>>
「古歌集」の中にあるという「鳥を詠む」問答歌。1251の「佐保川」は、奈良市・大和郡山市を流れる川。「千鳥」は、川原や海岸などの水辺に棲んで、小魚を食べる小鳥の総称。実際のチドリ科のチドリは、小さな愛らしい鳥です。「何しかも」の「し」は強意、「か」は疑問、「も」は詠嘆の助詞。どうして~なのか。「偲ひ」は、思慕して、賞美して。「いや」は、ますます。1252の「人」は、他人。「おほに」は、おおよそに、いい加減に。「ここだ」は、こんなにも甚だしく。「標結ふ」は、自分の領分であることを示すため、標識として杭を打ち縄を張ることで、それがある物は犯すことができないものでした。「な」は、禁止の助詞。「ゆめ」は、決して。
この問答は実は恋の歌であり、人に憚るところがあるためか、男を千鳥に、女を川原に譬えて表現しています。川原である女が、千鳥である男の気持ちを訝るのに対し、千鳥である男は、自分の強い気持ちを訴え、標を結うようなことは決してしないでくれと言っています。一方、そうした寓意はなく、人間から千鳥に問い、千鳥から人間に答えて歌い交わされたものとして、純粋に「鳥を詠む」歌として味わおうとする立場もあります。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について