訓読 >>>
4151
今日(けふ)のためと思ひて標(し)めしあしひきの峰(を)の上の桜かく咲きにけり
4152
奥山の八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つばらかに今日(けふ)は暮らさね大夫(ますらを)の伴(とも)
4153
漢人(からひと)も筏(いかだ)浮かべて遊ぶといふ今日(けふ)ぞ我(わ)が背子(せこ)花かづらせな
要旨 >>>
〈4151〉今日の宴のためと思って標(しる)していた峰の上の桜が、このように見事に咲いてくれました。
〈4152〉奥山のあちこちの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに(存分に)、今日一日は楽しもうではありませんか。お集りのますらおたちよ。
〈4153〉漢の人も筏を浮かべて遊ぶという今日ですよ、さあ皆さん、髪に花かづらをかざして楽しく遊ぼうではありませんか。
鑑賞 >>>
天平勝宝2年(750年)3月3日、大伴家持の館で、上巳(じょうし)の節会の宴をしたときの歌。「上巳」とは、旧暦3月の最初の子の日のことで、上巳の節会の起源は、古代中国で水辺で穢れを祓う風習から起こった「上巳節」に遡ります。遣唐使によって日本に伝えられると、宮中行事として取り入れられ、曲水の宴(池に杯を浮かべて流し、順に歌を詠む遊び)が催されるようになりました。ここの家持の歌は、すべてその「今日」の日を詠みこんでいます。
4151の「桜かく咲きにけり」の「桜」は、宴席から見える峰の上の桜、または、折り取って瓶などに挿してある桜とみる2説があります。4152の「八つ峰」は、多くの峰。上2句は「つばらかに」を導く序詞。「つばらかに」は、存分に。「暮らさね」の「ね」は、願望。「ますらを」は、勇ましく立派な男子。「伴」は、方々よで、呼びかけ。4153の「漢人」は、中国の人。「筏浮かべて」は「曲水の宴」のことをいっているとみられます。「背子」は、ここでは男性同士が親しんで呼んだ語。「花かづらせな」の「な」は、勧誘の助詞。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について