訓読 >>>
3794
はしきやし翁(おきな)が歌におほほしき九(ここの)の子らや感(かま)けて居(を)らむ
3795
恥(はぢ)を忍(しの)び恥を黙(もだ)して事もなく物言はぬ先(さき)に我(わ)れは寄りなむ
3796
否(いな)も諾(を)も欲しきまにまに許すべき顔(かほ)見ゆるかも我(わ)れも寄りなむ
3797
死にも生きも同(おや)じ心と結びてし友や違(たが)はむ我(わ)れも寄りなむ
3798
何すと違(たが)ひは居(を)らむ否も諾(を)も友の並(な)み並み我(わ)れも寄りなむ
要旨 >>>
〈3794〉ああ、いとおしいお爺さんの歌に、こんなぼんやりの私たち九人の女子は、ただ聞き惚れていてよいのでしょうか。
〈3795〉恥を忍び、恥を黙って何ごともなく、かれこれ物を言う前に、私はお爺さんに従いましょう。
〈3796〉否も応もなく、私たちの好きなままにさせてくれそうなお爺さんの様子に、私もお爺さんに従いましょう。
〈3797〉死ぬも生きるもいつも一緒と誓い合った友だから、何で一人異を立てたりしません、私もお爺さんに従いましょう。
〈3798〉どうして私が異を立てたりなどしましょう、反対も賛成もみんなと同じ、私もお爺さんに従いましょう。
鑑賞 >>>
竹取の翁の歌(3791~3793)に対し、乙女らが自らの行為を反省して詠んだ歌9首のうちの5首。3794の「はしきやし」は、ああ素晴らしい、いとおしいの意。「おほほしき」は、はっきりしない、愚かしい意。翁がこれだけの歌を作る人であるのを知って、自分たちが翁の本質を見抜けないまま侮辱した非礼を恥じての言葉です。「子らや」の「や」は、反語。「感け」は、感心する意の古語。聞き惚れてばかりいずに、歌を返しましょうと他の乙女たちに呼びかけたもので、9人の中のリーダー的な存在と見られます。
3795の「恥を黙して」は、恥を黙って受け入れて。「事もなく」は、何事もなく、おとなしく。「物言はぬ先に」は、何も言わずに、抗弁はせずに。「寄りなむ」は、任せて従う意。以下の歌に見える「寄る」には、その対象である「翁」がすべて省略されています。翁への靡きを唱えたこの歌だけが「我れは」となっており、ほかは「我れも」となっているのは、次歌以下を導く副リーダー格による乙女の歌と見られます。
3796の「否も諾も」は、翁が求婚してきたらいかにも応じようとの意。「許すべき顔」は、許してくれそうな顔色、様子。「まにまに」は、~に従っての意。3797の「結びてし」は、約束した。3798の「友の並み並み」は、友と同じように。窪田空穂は、「この仙女は気が弱く、消極的で、何事も御多分に漏れまいとする性分」と言っています。
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