訓読 >>>
3144
旅の夜(よ)の久しくなればさ丹(に)つらふ紐(ひも)解き放(さ)けず恋ふるこのころ
3145
我妹子(わぎもこ)し我(あ)を偲(しの)ふらし草枕(くさまくら)旅の丸寝(まろね)に下紐(したびも)解けぬ
要旨 >>>
〈3144〉旅の夜が長く続くので、妻の色鮮やかな赤い紐を解き放つこともないまま、恋い焦れてばかりいるこのごろだ。
〈3145〉愛しい妻が私をしきりに偲んでいるにちがいない。旅のごろ寝で、下着の紐がほどけてしまった。
鑑賞 >>>
「羈旅発思(旅にあって思いを発した歌)」。3144の「さ丹つらふ」の「さ」は接頭語、「丹つらふ」は、赤く美しい意で、妻の紐の色であるのと同時に「紐」の枕詞。「紐解き放けず」は、衣の紐を解き放たず。ゆっくりとは寝ずにの意。
3145の「我妹子し」の「し」は、強意の副助詞。「草枕」は、草を枕に寝る意で「旅」に掛かる枕詞。「丸寝」は、帯も解かず衣服を着たまま寝ること。下着の紐がほどけるのは恋人が自分のことを思っているとの信仰があったことが知られます。男が旅立つ際、あるいは共寝の後、その女が下紐を結んで魂を込めたことと対応しており、女は自分のもとへ再び戻って来るようにと下紐を結ぶのです。従って、その紐を解くのは、その結んだ女の権利でありました。
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