大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

たらちねの母が養ふ蚕の繭隠り・・・巻第11-2495~2497

訓読 >>>

2495
たらちねの母が養(か)ふ蚕(こ)の繭隠(まよごも)り隠(こも)れる妹(いも)を見むよしもがも

2496
肥人(こまひと)の額髪(ぬかがみ)結(ゆ)へる染木綿(しめゆふ)の染(し)みにし心我れ忘れめや [一云 忘らえめやも]

2497
隼人(はやひと)の名に負(お)ふ夜声(よごゑ)のいちしろく我が名は告(の)りつ妻と頼ませ

 

要旨 >>>

〈2495〉母親が飼っている蚕が繭にこもっているように、家にこもって外に出ないあの子を見る方法があればなあ。

〈2496〉肥人(こまひと)が前髪を結んでいる染木綿(しめゆふ)のように、深く染みこんでしまった私の思い、この思いをどうして忘れたりしましょうか、忘れはしません。

〈2497〉あの有名な隼人の夜警の大声のように、はっきりと私の名を申し上げました。この上は、私を妻として頼みにして下さいね。

 

鑑賞 >>>

 『柿本人麻呂歌集』から、「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」3首。2495「たらちねの」は「母」の枕詞。「蚕」は、カイコ。「繭隠り」は、蚕が繭の中に籠る意。上3句は「隠れる」を導く序詞。「見むよしもがも」の「見るよし」は、見る方法。「もがも」は、願望。見る方法があればなあ。男が恋心を寄せる娘は母に外出を禁じられているのでしょうか、繭に閉じ籠っている蛹を、一向に顔を出さない娘に譬えています。なお、冒頭の「たらちねの」の原文「足常」で、2368にあった「垂乳根」とは異なっています。ここで文字表記を変えているのは、常に充分足りている意を示唆し、下の句と照応して娘への行き届いた養育を印象づけるための作者の意図が感じられるところです。

 2496の「肥人」は、熊本県球磨地方の人とされます。クマヒト、コヒヒト、ウマビトなどと訓むものもあります。「額髪」は、前髪。「染木綿」は、何らかの色に染めた木綿。都人から見れば、珍しく印象深いものだったのかもしれません。上3句は「染みにし」を導く類音反復式序詞。「染みにし心」は、相手に深く思い入った心。「我れ忘れめや」は、我は忘れようか忘れない。男が女に対して誠実を誓った歌です。

 2497は、男の求婚に応じた女の歌、前の歌の答歌とされます。「隼人」は、薩摩・大隅地方の勇猛な人々。「名に負ふ」は、有名な。「夜声」は、彼らが吠声(はいせい)を発して宮廷を警護したといわれ、その声。上2句は、声の高い意で「いちしろく」を導く序詞。「いちしろく」は、はっきりと。「我が名は告りつ」は、私の名は申し上げました、で、男の求婚に応じたことを意味します。「妻と頼ませ」の「頼ませ」は「頼め」の敬語で、妻として頼りになさってください。

 

 

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について

『万葉集』掲載歌の索引