大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

丹生の川瀬は渡らずて・・・巻第2-130

訓読 >>>

丹生(にふ)の川(かは)瀬(せ)は渡らずてゆくゆくと恋痛(こひた)し我が弟(せ)いで通ひ来(こ)ね

 

要旨 >>>

丹生の川の瀬は渡ろうとせずに、まっすぐに私のところにやって来なさい。恋しさに心痛む我が弟よ。

 

鑑賞 >>>

 長皇子(ながのみこ)の歌。題詞に「皇弟に与ふる御歌」とあり、「皇弟」は、異母弟の弓削皇子(ゆげのみこ)を指すとみられています。「丹生の川」は、吉野川の支流。「瀬は渡らずて」は、瀬を渡れずにいて、で、第三者の障害によって逢えないこと。「ゆくゆく」は、思う気持ちが遂げられずに逡巡している、あるいは、心がはやる意か。「恋痛し」は「恋ひ痛き」の略で、恋しさが募る。「いで」は、「いざ」に似た感動詞で、他人にある行為を求める場合の語。原文「乞」で「此方(こち)」に当てているものもあります。「来ね」の「ね」は、希求の助詞。女の立場での恋歌仕立てになっているこの歌の解釈は、「渡らずて」の主語が誰であるかなどいろいろ分かれており、また何らかの寓意が込められているようでもあります。

 弓削皇子は、持統天皇の皇太子を決める会議で、軽皇子文武天皇)を立てることに異議をとなえようとし、葛野王(かどののおおきみ)に叱責され制止されました。本来であれば皇位継承順位第一位となるはずだった兄の長皇子を思っての行動だったと推測されています。巻第3に弓削皇子が詠んだ歌があります(巻第3-242)。

〈242〉滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに
 ・・・滝の上高く、三船の山に雲がかかっている。その雲のようにいつまでも生きられようとは思っていないのだが。

 ひょっとして弟が死を覚悟しているのではないかと心配した長皇子が、作って贈ったのが130の歌ではないかともいわれます。弓削皇子は、文武天皇3年(699年)7月に27歳?の若さで没しましたが、文武天皇の皇后であった紀皇女と密通し、それが原因で持統天皇によって処断されたとの見方もあります。そうであれば、長皇子は、持統派による大津皇子の殺害に続く弟の死を目の当たりにして、即位への意思を表わすことの危険性を感じたことでしょう。後に長皇子の息子たちが臣籍降下したのも、あるいはそうした影響があったのかもしれません。

 

 

 

古典文法

係助詞
助詞の一種で、いろいろな語に付いて強調や疑問などの意を添え、下の術語の働きに影響を与える(係り結び)。「は・も」の場合は、文節の末尾の活用形は変化しない。
〔例〕か・こそ・ぞ・なむ・や

格助詞
助詞の一種で、体言やそれに準じる語に付いて、その語とほかの語の関係を示す。
〔例〕が・に・にて・の

間投助詞
助詞の一種で、文中や文末の文節に付いて調子を整えたり、余情や強調などの意味を添える。
〔例〕や・を

接続助詞
助詞の一種で、用言や助動詞に付いて前後の語句の意味上の関係を表す。
〔例〕して・つつ・に・ば・ものから

終助詞
助詞の一種で、文末に付いて、疑問・詠嘆・願望などを表す。
〔例〕かし・かな・な・なむ・ばや・もがな

副助詞
助詞の一種で、さまざまな語に付いて、下の語の意味を限定する。
〔例〕さへ・し・だに・

助動詞
用言や体言に付いて、打消しや推量などのいろいろな意味を示す。

『万葉集』掲載歌の索引