訓読 >>>
732
今しはし名の惜(を)しけくも我(わ)れはなし妹(いも)によりては千(ち)たび立つとも
733
うつせみの世やも二行(ふたゆ)く何すとか妹(いも)に逢はずて我(わ)がひとり寝(ね)む
734
我(わ)が思ひかくてあらずは玉にもがまことも妹(いも)が手に巻かれなむ
要旨 >>>
〈732〉今はもう私の名を惜しむ気持ちなどありません。あなたのせいなら千度の浮き名立とうとも。
〈733〉二度あることのないこの世なのに、かけがえのないこの夜に、どうしてあなたに逢わずに一人で寝られましょうか。
〈734〉こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ玉にでもなって、仰せの通りあなたの手に巻かれていたい。
鑑賞 >>>
大伴家持が、坂上大嬢の歌(729~731)に答えた歌3首。732の「今しはし」の「し」は、双方とも「今」を強調する副助詞。今という今は。「惜しけく」は「惜し」の未然形に「く」を添えて名詞形にしたもの。「妹によりては」は、あなたのことが原因というのであれば。大嬢の731の歌に対応しています。733の「うつせみの」は「世」の枕詞。「世やも二行く」の「やも」は反語で、この世が繰り返されることなどあろうか。「何すとか」は、どうして、何とて。「逢はずて」は、逢わずして。734の「あらずは」は、あらずに。「玉にもが」の「もが」は、願望。わが身が玉であってほしい。大嬢の729の歌に対応しており、絶えず一緒にいたいという気持ちを表しています。