訓読 >>>
1379
絶えず行く明日香(あすか)の川の淀(よど)めらば故(ゆゑ)しもある如(ごと)人の見まくに
1380
明日香川(あすかがは)瀬々(せぜ)に玉藻(たまも)は生(お)ひたれどしがらみあれば靡(なび)きあはなくに
1381
広瀬川(ひろせがは)袖(そで)漬(つ)くばかり浅きをや心深めて我(わ)が思へるらむ
要旨 >>>
〈1379〉絶えず流れ続ける明日香の川がもし淀むことがあったら、何かあったのではないかと世間の人は見るだろうに。
〈1380〉明日香川の瀬ごとに玉藻は生えているけれど、しがらみで隔てられているので、互いに靡き合うことができない。
〈1381〉広瀬川を歩いて渡ると、衣の袖がひたるほどに浅い。そのように浅いあの人の心なのに、自分の心の底まで、私はなぜこんなに思いつめているのだろう。
鑑賞 >>>
「河に寄する」歌。1379の「淀めらば」は、もし淀んだならば。いつも来るあなたが来なくなったら、または、いつも逢いに行く自分が行かなかったら、の意の譬え。「故しもある如」の「し」は強意の副助詞で、何かの理由でもあるように。「見まく」は「見る」のク語法で名詞形。男の歌とも女の歌とも取れ、もし二人の間にいつもと違うことが生じたら、と人の目を気にする歌とされます。
1380の「明日香の川」は、明日香地方を流れ、大和川に合流する川。「玉藻」は、思い合う男女、自分たちの譬え。「しがらみ」は、水の流れを塞ぎ、池へ導くための柵。ここは妨害する者の譬え。「あはなく」は「あはぬ」のク語法で名詞形。合わないこと。「に」は、詠嘆。全部が譬喩になっており、相思相愛の仲の二人であるのに、妨害する人がいて思うように逢えないことを嘆いている歌です。
1381の「広瀬川」は、葛城川、曾我川、飛鳥川、鳥見川が寄り集まった川で、その流域は大和国中でもっとも低い低地。古くは徒歩で渡ることのできる浅い川でしたが、だんだん大川となり現在の大和川となって流れています。ここは、男の喩え。「袖漬くばかり浅きをや」の「漬く」は、水に浸る。「浅きをや」の「や」は、疑問の係助詞。薄情な男なのにそんな男を、の意を寓しています。「心深めて」は、心の底から。「思へるらむ」は、思っているのだろう。「らむ」は連体形で「や」の結び。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について