訓読 >>>
4306
初秋風(はつあきかぜ)涼しき夕(ゆふへ)解(と)かむとぞ紐(ひも)は結びし妹(いも)に逢はむため
4307
秋と言へば心ぞ痛きうたて異(け)に花になそへて見まく欲(ほ)りかも
4308
初尾花(はつをばな)花に見むとし天の川 隔(へな)りにけらし年の緒(を)長く
4309
秋風に靡(なび)く川傍(かはび)の和草(にこぐさ)のにこよかにしも思ほゆるかも
要旨 >>>
〈4306〉初めて秋風の吹く七日の夕方になったら解こうと誓い、この着物の紐を固く結んだのだった。彼女にまた逢うために。
〈4307〉秋と聞いただけで心が痛む。花を見るとなぜかしら、あなたになぞらえて逢いたくなるからだろうか。
〈4308〉いつも花のように新鮮な気持ちで逢おうと、天の川を隔てて住んでいるらしい、一年もの長い間。
〈4309〉秋風になびく川辺の和草(にこぐさ)ではないが、待ちに待った時が来たかとにこやかな気分がこみあげてくる。
鑑賞 >>>
天平勝宝6年(749年)7月7日に、大伴家持が詠んだ「七夕」の歌8首のうちの4首。4306の「初秋風」は、7月7日(太陽暦の7月31日)は暦の上で秋になったばかりなので、このように言っているもの。「紐は結びし」は、夫婦が逢って別れる時に、互いに相手の下着の紐を結び、また逢うまでは解かないことを誓う意。「妹」は、織女星のこと。
4307の「秋といへば」は、秋と聞いただけで。「うたて異に」は、なぜかいよいよ。「なそへて」は、なぞらへて。「見まく欲りかも」は、見たいと思うからなのか。4308の「初尾花」は、薄の初めて穂に出たもので「花」の枕詞。「花に見むとし」の「し」は、強意の副助詞。「年の緒」は、年の長く続くことを緒に喩えた語。ここでは逢瀬までの月日。1年に一度しか逢えない残念さを、むしろ「ずっと新鮮な気持ちでいられる」とポジティブに捉えて詠んでいます。
4309の「川傍」は、ここは天の川の川辺。「和草」は、何の植物を指すのか分かっていませんが、単に柔らかい草のことではないかともいわれます。上3句は「にこよか」を導く同音反復式序詞。「にこよかにしも」の「にこよか」は、にこやかと同じ。「しも」は、強意の助詞。いずれの歌も牽牛星の心になって詠んだ歌です。
七夕の歌
中国に生まれた「七夕伝説」が、いつごろ日本に伝来したかは不明ですが、上代の人々の心を強くとらえたらしく、『万葉集』に「七夕」と題する歌が133首収められています。それらを挙げると次のようになります。
巻第8
山上憶良 12首(1518~1529)
湯原王 2首(1544~1545)
市原王 1首(1546)
巻第9
間人宿祢 1首(1686)
藤原房前 2首(1764~1756)
巻第10
人麻呂歌集 38首(1996~2033)
作者未詳 60首(2034~2093)
巻第15
柿本人麻呂 1首(3611)
遣新羅使人 3首(3656~3658)
巻第17
大伴家持 1首(3900)
巻第18
大伴家持 3首(4125~4127)
巻第19
大伴家持 1首(4163)
巻第20
大伴家持 8首(4306~4313)
このうち巻第10に収められる「七夕歌」について、『日本古典文学大系』の「各巻の解説」に、次のように書かれています。
―― 歌の制作年代は、明日香・藤原の時代から奈良時代に及ぶものと見られ、風流を楽しむ傾向の歌、繊細な感じの歌、類想、同型の表現、中国文化の影響などが相当量見出される点からして、当代知識階級の一番水準の作が主となっていると思われる。同巻のうちにも、他の巻にも、類想・類歌のしばしば見られるのはその為であろう。――
また、巻第10所収の『柿本人麻呂歌集』による「七夕歌」には、牽牛と織女のほかに、二人の間を取り持つ使者「月人壮士」が登場しており、中国伝来のものとは違う、新たな「七夕」の物語をつくりあげようとしたことが窺えます。