訓読 >>>
故郷(ふるさと)の飛鳥(あすか)はあれどあをによし奈良の明日香(あすか)を見らくしよしも
要旨 >>>
古い飛鳥の里もよいけれど、今が盛りの奈良の明日香を見るのはすばらしいものです。
鑑賞 >>>
大伴坂上郎女の「元興寺の里を詠む」歌。「元興寺」は、崇峻天皇の元年(588年)に蘇我馬子が建てた飛鳥の元興寺(法興寺)を、平城京遷都後の養老2年(718年)に奈良に移転した寺です。そのため、歌にあるように「奈良の明日香」と呼ばれました。「故郷」とあるのは、奈良に対させての古都、旧住地の意。「飛鳥」は、奈良との対照上広く言ったもの。「あれど」は、下の「よし」をそちらへ譲った語法。よくあれど、の意。「あをによし」は「奈良」の枕詞。「見らく」は「見る」のク語法で名詞形。「し」は、強意の副助詞。郎女の兄の旅人は、生まれ故郷の明日香を訪れることをひたすら望んでいましたが(巻第3-333)、若い郎女は、新しい奈良の元興寺のほうがいいと歌っています。
窪田空穂はこの歌について、「かなり強い感動を起こして詠んだと見え、言葉は単純であるが、調べが張っている。新元興寺に詣でた時の歌と思われるが、仏に関してのことは何もいわず、ただ寺のある土地のみを讃えているのは、新味讃美の一つの現われと見るべきであろう」と述べています。