大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

家離り旅にしあれば秋風の・・・巻第7-1161~1164

訓読 >>>

1161
家離(いへざか)り旅にしあれば秋風の寒き夕(ゆふへ)に雁(かり)鳴き渡る

1162
円方(まとかた)の港の洲鳥(すどり)波立てや妻呼びたてて辺(へ)に近づくも

1163
年魚市潟(あゆちがた)潮(しほ)干(ひ)にけらし知多(ちた)の浦に朝(あさ)漕(こ)ぐ舟も沖に寄る見ゆ

1164
潮(しほ)干(ふ)れば共(とも)に潟(かた)に出(い)で鳴く鶴(たづ)の声遠ざかる磯廻(いそみ)すらしも

 

要旨 >>>

〈1161〉家を離れて旅に過ごしていると、秋風が寒く吹くこの夕暮れ時に、雁が鳴きながら渡っていく。

〈1162〉円方の港の洲にいる鳥たちが、沖の波が高くなってきたからか、妻を呼び立てて岸の方に近づいてくる。

〈1163〉年魚市潟は引き潮になったのだろう。知多の浦で朝方漕いでいた舟が、沖に向かって漕ぎ出して行くのが見える。

〈1164〉潮が引くといっせいに干潟に来て鳴いている鶴の、その鳴き声が今は遠ざかっていく。磯めぐりをするのだろう。

 

鑑賞 >>>

 「覊旅(たび)にして作れる」歌。これまでの吉野・山背・摂津など土地の明らかな歌に続く、それ以外の覊旅歌が大きな一群となって配列されています(90首)。土地の分類はなく、中には地名のないものもあります。明らかな中では、紀伊国の歌が最も多く、また旅の追憶もあります。なお「覊旅」の「覊」は、馬の手綱を意味します。

 1161の「旅にしあれば」の「し」は、強意の副助詞。「雁」は、北方からの渡り鳥。雁が鳴いて渡るという寂しい情景は『万葉集』に多くの類例が見られますが、雁はまた、雁信の故事を踏まえて、恋しい人への伝言を運ぶ使者とされることがあります。ここにもそうした連想が働いているかもしれません。覊旅歌の冒頭をかざる1首であり、家を離れた旅の嘆きを普遍的に歌っています。窪田空穂は、「古風な品のある歌」と評しています。

 1162の「円方」は、三重県松坂市東黒部町のあたり。「洲鳥」は、港(河口)にある砂州や水の浅い所に棲んでいる鳥の総称。「波立てや」の「や」は、疑問。後世の「立てばや」の古格。「近づくも」の「も」は、詠嘆。1163の「年魚市潟」は、名古屋市熱田区、南区あたりの海岸。年魚市は、尾張の国の郡名。「潮干」は、ここは朝の干潮。「けらし」は「けるらし」の縮まったもの。「知多の浦」は、知多半島北西部の海。「見ゆ」は、見える。1164の「共に」は、鶴が連れ立って。「磯廻す」は、磯のあたりをめぐって漁をすること。

 

 

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について

『万葉集』掲載歌の索引