訓読 >>>
718
思はぬに妹(いも)が笑(え)まひを夢(いめ)に見て心の内(うち)に燃えつつそ居(を)る
719
ますらをと思へる我(わ)れをかくばかりみつれにみつれ片思(かたもひ)をせむ
720
むらきもの心(こころ)砕(くだ)けてかくばかり我(わ)が恋ふらくを知らずかあるらむ
722
かくばかり恋ひつつあらずは石木(いはき)にもならましものを物思はずして
要旨 >>>
〈718〉思いがけずあなたの笑顔を夢に見て、心の中でますます恋い焦がれています。
〈719〉ひとかどの男子と思っている私が、こんなにまでやつれ果てて片思いに沈むことになろうとは。
〈720〉心も千々に砕けて、これほど私が恋しく思っていることを、貴女は知らずにいるのだろうか、そんなはずはないのに。
〈722〉こんなにも恋い焦がれるくらいなら、いっそ石や木にもなればよかったのに。恋に苦しまなくて済むだろうから。
鑑賞 >>>
718~720は、714~717の歌に続き、大伴家持が娘子に贈った歌7首のうちの3首。718の「思はぬに」は、思いがけずに。「笑まひ」は、微笑。「燃えつつ」の「つつ」は、継続。719の「みつれにみつれ」は、疲れ果てて。「片思をせむ」は、原文「片念男責」で、女々しく片恋に悩む不甲斐なさを責める気持ちを示す義字的用法となっています。720の「むらきもの」は「心」の枕詞。「むらきも」は、群がっている肝、いわゆる五臓六腑の中に心がある意で掛けたもの。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。以上7首の歌を贈った相手の「娘子」がいかなる人だったか全く分からず、しかも娘子が答えた歌がないことから、この恋は報われなかったものと見えます。
722も恋の嘆きの歌ですが、これも誰に対してのものかは分かりません。「ならましものを」の「まし」は仮想で、なればよかったのに。