大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

海女娘子玉求むらし沖つ波・・・巻第6-1003~1004

訓読 >>>

1003
海女娘子(あまをとめ)玉(たま)求むらし沖つ波(なみ)畏(かしこ)き海に舟出(ふなで)せり見ゆ

1004
思ほえず来ましし君を佐保川(さほがは)のかはづ聞かせず帰しつるかも

 

要旨 >>>

〈1003〉海女たちが真珠を採りに行くらしい。沖の波が荒いにもかかわらず舟出していくのが見える。

〈1004〉思いがけずお越し下さったあなたですのに、佐保川の河鹿の声もお聞かせもせずお帰ししてしまいました。

 

鑑賞 >>>

 1003は、葛井連大成(ふぢゐのむらじおほなり)の歌。題詞に「筑後守外従五位下」との肩書の記載があり、大成は、大伴旅人邸の梅花宴の歌に、同じく「筑後守」として列しており(巻第5-820)、巻第4-576に筑後守として旅人の帰京を送る作があります。「外従五位下」の「外」というのは、中央の貴族・官人に与えられた「内位」に対し、傍系とみなされる「外位(げい)」のことです。地方豪族や農民などから郡司・軍毅・国博士・国医師などの地方の在庁官人に登用された者、及び蝦夷・隼人などの有功者が授与の対象となりました。

 「玉」は、鮑玉、真珠。「求むらし」の「らし」は、根拠に基づく推定。「沖つ波」は、沖の波。「見ゆ」は、動詞・助動詞の終止形に接するのが通則で、この用法は古今集以後にはありません。古代の「見ゆ」は、上の文を完全に終結させた後にそれを受けており、存在を視覚によっては把捉した古代的思考、存在を見える姿において描写的に把捉しようとする古代の心性があった、と説かれます。

 1004は、按作村主益人(くらつくりのすぐりますひと:伝未詳)の歌。「村主」は姓(かばね)の一つ。左注に次のような説明があります。「内匠寮(たくみりょう)の大属(だいさかん)按作村主益人が、とりあえず飲食の用意をして、長官の佐為王(さいのおおきみ)をもてなした。ところが、夕方になる前に王は帰ってしまった。益人は、王が満足せずに帰られたことを残念に思い、この歌を作った」。「内匠寮の大属」は、宮中の造作をつかさどる内匠寮の四等官。「佐為王」は、橘諸兄の弟。

 按作益人は、思いもかけずに長官の佐為王が訪れてきたこの機会に、自慢の和歌を聞いて頂きたかったようです。ところが、その前に同僚たちと酒や料理で乱れてしまったらしく、早々に帰ってしまわれたのでした。歌中の「思ほえず」は、思いがけなく、意外に。「佐保川」は、春日山に発し、大和川に合流する川。「かはづ」は、河鹿。清流に棲む小さなカエルで、初夏のころから美しい声で鳴きます。「かも」は、詠嘆。

 

 

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について

『万葉集』掲載歌の索引