訓読 >>>
慰(なぐさ)めて今夜(こよひ)は寝なむ明日(あす)よりは恋ひかも行かむ此(こ)ゆ別れなば
要旨 >>>
慰め合って今夜は寝よう。明日からは、あなたを恋いつつ旅行くことになるのだろうか。ここを別れて発ったなら。
鑑賞 >>>
石川卿(いしかわのまえつきみ)の歌1首。石川卿が誰であるかは不明で、天平宝字6年(762年)に正三位で没した石川年足(いしかわのとしたり)、あるいは和銅6年(713年)に従三位で没した石川宮麻呂かともいわれます。「慰めて」は、心を安らげ、なごまして、で、別れの前夜のこと。「恋ひかも行かむ」の「かも」は疑問、「む」は推量。「此ゆ別れなば」の「ゆ」は、起点・経過点を示す格助詞で、ここを発って別れたら。宮人として旅をして、ある地で契った女と別れを惜しむ心の歌です。窪田空穂は、「別れの歌としては心の淡いものであるが、これは双方の身分に関係してのことであろう」と述べています。
一方で、女との共寝が実現できず、一人で気を紛らせて寝るのであり、その不満足感が尾を引いて明日からの旅路が思いやられる、と解釈する立場もあります。宴席に侍る女性にそのように言って愚痴っぽく口説いた歌ではないか、と。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について