訓読 >>>
1649
今日(けふ)降りし雪に競(きほ)ひて我(わ)がやどの冬木(ふゆき)の梅は花咲きにけり
1663
沫雪(あわゆき)の庭に降りしき寒き夜を手枕(たまくら)まかず独(ひと)りかも寝む
要旨 >>>
〈1649〉今日降った雪の白さに負けまいと、わが家の冬枯れの梅の木が花を咲かせた。
〈1663〉沫雪が庭に降り続く、寒い夜です。それなのにあなたの手枕をすることもなく、一人で寝るのでしょうか。
鑑賞 >>>
大伴家持の歌。1649は「雪梅(せつばい)の歌」。「雪梅」は、雪中の梅の意。「雪に競ひて」は、雪の白さに負けまいと競って。「我がやど」の「やど」は、家の敷地、庭先。「冬木」は、冬枯れの木。1648番歌まで続いてきた梅と雪の歌群の結末に位置づけられる一首であり、雪とともに訪れた春の兆しが主題になっています。これまで詠まれてきた雪は、梅の代替、見立て、鑑賞の対象でしたが、本歌では梅と「競ひ」合う存在として描かれ、季節の主役交代が劇的に表現されています。注目すべきは、「今日降りし」という時間の限定です。長く待たれた春が、「今日」という一点に凝縮され、前歌までの「待つ」時間の蓄積があってこそ、効果的に機能する表現となっています。
1663の「沫雪」は、はらはらと降る泡状の雪。「手枕」は、腕を枕にすることで、共寝に関して言われることが多い語。「かも寝む」の「かも」は、疑問的詠嘆。雪を題材としながらも、これまでの梅・雪歌群とは異なり、明確な恋情・孤独感を前面に押し出した一首です。単身赴任で恭仁京に住んでいた頃の歌でしょうか。

『万葉集』と大和言葉
『万葉集』は、古代日本語(大和言葉)の響きや感性をありのままにとどめる最古の歌集です。中国から渡来した漢文の影響を受けつつも、その本質は漢文字を音訓として用いる「万葉仮名」によって、当時の豊かな和語をありのままに表現した点にあります。以下に代表的な大和言葉の幾つかをご紹介します。
- あさぎり
早朝に立ちこめる霧。立ちこめては消えてゆく儚さや、視界を遮るもどかしさの象徴。 - あまくも
大空に浮かぶ雲。遠く隔たった場所や、果てしない距離の比喩としても用いられます。 - いとふ
「嫌がる」「避ける・忌避する」と、「大事にする・労る」という大きく分けて2つの相反するような意味を持つ言葉です。『万葉集』においては、主に「雨や風などの悪天候を嫌がる」「過酷な旅路や苦難を嫌う」「世俗を嫌う」といった直観的・身体的な拒絶の文脈で用いられます。 - うつしごころ
名詞「うつし(現)」と「こころ(心)」が結合した言葉で、主に「正常な心」「正気(しょうき)」「現実をしっかり認識している心」を指します。 - うつらうつら
「意識が朦朧としている様」「ぼんやりとまどろむ様」「心がうつろで落ち着かない様」を表す言葉です。 - うつろひ
動詞「うつろふ」の連用形が名詞化した言葉。単に物理的な移動を表すのではなく、状態、色、心、時間の経過に伴う物事の変化や衰えを繊細に捉える言葉です。 - うるはし
整っていて美しい、端正だ。 - おもほゆ
自然と思われる、心に浮かぶ。 - かぎろひ
明け方の東の空に挿し渡る日の光、あるいは春の日に立ち上る陽炎。 - さやけし
「澄み渡っている」「はっきりと鮮やかである」「音が心地よく通っている」といった状態を表す言葉。 - しぐれ
秋から冬にかけて、通り雨のように降っては止むパラパラとした冷たい雨。 - ちはやぶる
「神」や「宇治」にかかる枕詞。「勢いが激しい」「猛々しい」「霊力が荒々しく満ちあふれている」状態を表す動詞「ちはやぶ」の連体形に由来するとされます。 - にほふ
鮮やかに映える、美しく輝く。 - はつはな
その季節にその年初めて咲く花のこと。 - はろはろに
「遠く遥かに隔たっている様子」「果てしなく広い様子」を表す言葉。 - みやび
動詞「みやぶ(宮ぶ)」の連用形が名詞化した言葉で、もともとは「都風であること」「都人(みやこびと)のように振る舞うこと」を意味する言葉。『万葉集』では、都に集う官人・歌人たちの「風流さ」「ユーモア」「詩歌を嗜む知的な品格」をも意味しました。 - むらくも
むらがり集まる雲、あるいは千切れ千切れに群がっている雲。
