訓読 >>>
3834
梨(なし)棗(なつめ)黍(きみ)に粟(あは)つぎ延(は)ふ葛(くず)の後(のち)も逢はむと葵(あふひ)花咲く
3837
ひさかたの雨も降らぬか蓮葉(はちすば)に溜(た)まれる水の玉に似(に)たる見む
要旨 >>>
〈3834〉梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きび)に続いて粟(あわ)が実り、それからまた、延び続ける葛(くず)のようにその後も逢いたいと、葵(あおい)の花が咲いている。
〈3837〉久々に雨でも降ってくれないかな。蓮の葉に溜まった水が、玉のようになるのを見たいから。
鑑賞 >>>
3834は、6種の植物を取り合わせた作者未詳歌。「黍に粟つぎ」は、黍に粟が続いて。「黍に粟」は、「君に逢はず」の意を掛けています。「延ふ葛の」は、長く這い伸びる葛のように。這う葛が別れてもまた逢う意で「後も逢はむ」にかかる枕詞。「葵(あふひ)」は「逢ふ日」を掛けています。植物の名前を借り、その掛詞によって「君に逢いたい」という気持ちを滑り込ませています。宴歌として詠まれたものかもしれず、その技巧などから見て、知識人の作と見られています。
3837は、左注に次のような説明がある歌。右兵衛(うひょうえ:禁中の警備や行幸の供奉を掌る役所)に務める人がいた。素性や姓名は分からないが、歌作の芸に秀でていた。ある時、役所内で、酒食を用意して配下の役人たちに振舞った。料理はすべて蓮の葉に盛りつけていて、酒宴が進むうち、歌や舞が盛んに続き、その時、人々から「その蓮の葉に懸けて歌を作れ」と言われて、即座にこの歌を作ったという。「ひさかたの」は、ここでは「雨」の枕詞。「雨も降らぬか」は、雨は降らないのか、降ってくれよの意。「玉に似たる見む」は、玉(宝石)に似ている様子を見たいものだ。
この歌について、伊藤博は次のように解説しています。――「蓮葉に溜まれる水の玉に似たるを見む」というのが眼目。その景がなかなか美しいものであることは、誰にも経験があろう。しかし、ここは、それだけのことではあるまい。「蓮」に「憐・怜・恋」を想うのが当時の常識であった以上は、第3句の「蓮葉」に、人びとは美女の姿を感じ取ったであろう。ハチスバといえばすぐ「蓮」が想起され、「蓮」が想起されれば、「憐ー怜ー恋」そして美女の姿ということだったのである。そういう連想が起きれば、その蓮葉に「溜まれる水」は、当然、美女の目に溜まった涙ということになる。それが「玉に似たる」というのであるから、それを見たいという次第になる。衆人の拍手喝采はここから起こる。この類のいつも即座に詠じ得たからこそ、この右兵衛のものは「歌作の芸」に多能な者として評判を勝ち取ったわけである。

伊藤博と『万葉集』
万葉学における伊藤博(いとう はく:1925~2003年)は、戦後の『万葉集』研究において画期的な金字塔を打ち立てた偉大な万葉学者です。単に一首ごとの言葉を注釈するにとどまらず、「歌群」や「配列」の文脈から『万葉集』全体の構造と物語性を捉え直した点で、近代以降の万葉学史に極めて大きな足跡を残しました。伊藤博の万葉研究における主要な業績と特徴は以下の通りです。
- 全首釈注の金字塔『萬葉集釋注』
師である澤瀉久孝(おもだか ひさたか)博士の『萬葉集注釋』以来、約40年ぶりに個人として『万葉集』全20巻・4500余首の全歌に詳細な注釈を施した大著『萬葉集釋注』(集英社・全10巻/文庫版など)を完結させました。 斎藤茂吉短歌文学賞を受賞(2000年) 伝統的な語釈・校訂の正確さを基盤にしつつ、歌の背景にある人間ドラマや情念の動きまでを端正かつドラマチックな文章で解き明かしており、専門家から一般の万葉ファンまで幅広く愛読されています。 -
独自の研究手法「歌群論」と「生体としての万葉集」
伊藤学説の最大の特徴は、「万葉集は単なる歌のアンソロジー(集録)ではなく、緻密に構成された一つの大きな構造体である」と捉えた点にあります。一首を単体で切断して鑑賞するのではなく、前後にある歌との繋がりや配列の意図(「なぜこの歌がこの順番で並んでいるのか」)を徹底的に追及しました。歌の配列を読み解くことで、額田王や宮廷の歌人たち、さらには大伴家持が編纂において込めた隠された意図や人間関係の葛藤(物語)を立体的に浮き彫りにしました。 -
手軽に親しめる著書(文庫・選書)
研究者向けの専門書(『古代和歌史研究』全8巻など)だけでなく、一般読者が万葉集の魅力に触れられる注釈文庫の監修・執筆も数多く手がけています。『新版 万葉集 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫・全4巻)は、現在最も手に入りやすく、かつ学術的信頼度が高い文庫版万葉集の一つです。わかりやすい現代語訳と的確な解説が付されています。 『萬葉集』(角川文庫・上下巻)は、「新編国歌大観」に準拠したテキストで、長年万葉学習者の標準テキストとして親しまれました。
