大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

東歌(15)・・・巻第14-3410

訓読 >>>

伊香保(いかほ)ろの沿(そ)ひの榛原(はりはら)ねもころに奥(おく)をな兼(か)ねそまさかしよかば

 

要旨 >>>

伊香保の山裾の榛原、その榛(はん)の木の入り組んだ根のように、くよくよと二人の先のことまで心配しなくていい。今の今が幸せならそれでいいではないか。

 

鑑賞 >>>

 上野(かみつけの)の国の歌で、将来に不安を抱いている女に対して、男が「くよくよしなくていい」と説得している歌です。「伊香保ろ」の「伊香保」は群馬県榛名山、「ろ」は接尾語。「沿ひ」は、傍ら。「榛原」は、ハンノキの生えている原。上2句は「ねもころに」を導く序詞。「ねもころに」は、熱心に。「奥」は、将来の意。「な兼ねそ」の「な~そ」は、禁止。「兼ぬ」は、先のことを前もって心配すること。「まさか」は、現在。

 上代の人々が「将来」のことを「奥」と言っているのには、将来は向こうにあるものでも、向こうから来るものでもない、現在の奥にあるのが将来だという考え方があったのかもしれません。現在を掘るように生きるならば、将来はおのずからそこに現れてくるという哲学でしょうか。

 

 

榛の木(ハンノキ)

 全国各地の湿地に生える落葉高木。古名を榛(はり)といい、ハンノキの名称はハリノキ(榛の木)が変化したものです。高さは約15m、葉は互生し、長さ6~12cmの先の尖った楕円形。花は葉に先駆けて咲き、雌雄異花。雄花は紫褐色で、ひも状に垂れ下がります。雌花は紅紫色で楕円形。

 万葉時代、ハンノキは茜や紫とともに代表的な染料植物だったことから、衣に色をつける情景を詠んだ歌が多くあります。染料の色は墨色。

 

「東歌」について