巻第9
訓読 >>> 海神(わたつみ)のいづれの神を祈らばか行くさも来(く)さも船の早(はや)けむ 要旨 >>> 海を支配するどの神にお祈りをすれば、行きも帰りも、より早く船が進むことができるでしょうか。 鑑賞 >>> 題詞に「入唐使に贈る歌」とあります…
訓読 >>> 1764ひさかたの 天(あま)の川(がは)に 上(かみ)つ瀬に 玉橋(たまはし)渡し 下(しも)つ瀬に 舟(ふね)浮(う)けすゑ 雨降りて 風吹かずとも 風吹きて 雨降らずとも 裳(も)濡(ぬ)らさず 止(や)まず来(き)ませと 玉橋渡す 1765…
訓読 >>> 1717三川(みつかは)の淵瀬(ふちせ)も落ちず小網(さで)さすに衣手(ころもで)濡れぬ干(ほ)す子は無しに 1719照る月を雲な隠しそ島蔭(しまかげ)に我(わ)が船(ふね)泊(は)てむ泊(とま)り知らずも 要旨 >>> 〈1717〉三川の淵…
訓読 >>> 1720馬(うま)並(な)めてうち群(む)れ越え来(き)今日(けふ)見つる吉野の川をいつかへり見む 1721苦しくも暮れゆく日かも吉野川(よしのがは)清き川原(かはら)を見れど飽(あ)かなくに 1722吉野川(よしのがは)川波(かはなみ)高…
訓読 >>> 1683妹(いも)が手を取りて引き攀(よ)ぢふさ手折(たお)り我(わ)が挿(かざ)すべく花咲けるかも 1684春山は散り過ぎぬとも三輪山(みわやま)はいまだ含(ふふ)めり君待ちかてに 要旨 >>> 〈1683〉あの娘の手を取って引き寄せるよう…
訓読 >>> 1680あさもよし紀伊(き)へ行く君が真土山(まつちやま)越ゆらむ今日(けふ)ぞ雨な降りそね 1681後(おく)れ居(ゐ)て我(あ)が恋ひ居(を)れば白雲(しらくも)のたなびく山を今日(けふ)か越ゆらむ 要旨 >>> 〈1680〉紀伊の国に付…
訓読 >>> 神奈備(かむなび)の神寄(かみよ)せ板(いた)にする杉(すぎ)の思ひも過ぎず恋の繁(しげ)きに 要旨 >>> 神奈備山の神寄せ板に用いる杉のように、私の恋心も過ぎ去り消えることがない、その激しさに耐え難くて。 鑑賞 >>> 『柿本人…
訓読 >>> 1732大葉山(おほばやま)霞(かすみ)たなびきさ夜(よ)更(ふ)けて我(わ)が舟(ふね)泊(は)てむ泊(とま)り知らずも 1733思ひつつ来(く)れど来(き)かねて三尾(みを)の崎(さき)真長(まなが)の浦(うら)をまたかへり見つ 要…
訓読 >>> 慰(なぐさ)めて今夜(こよひ)は寝なむ明日(あす)よりは恋ひかも行かむ此(こ)ゆ別れなば 要旨 >>> 慰め合って今夜は寝よう。明日からは、あなたを恋いつつ旅行くことになるのだろうか。ここを別れて発ったなら。 鑑賞 >>> 石川卿(…
訓読 >>> 1726難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)に出でて玉藻(たまも)刈る海人娘子(あまのをとめ)ら汝(な)が名(な)告(の)らさね 1727あさりする人とを見ませ草枕(くさまくら)旅行く人に妾(あれ)は敷(し)かなく 要旨 >>> 〈1726〉難…
訓読 >>> 白波(しらなみ)の浜松の木の手向草(たむけくさ)幾代(いくよ)までにか年は経(へ)ぬらむ 要旨 >>> 白波の打ち寄せる浜辺の松の枝に結ばれたこの手向けの紐は、結ばれてからどのくらいの長い年月を経てきたのだろう。 鑑賞 >>> 有馬…
訓読 >>> 1696衣手(ころもで)の名木(なき)の川辺(かはへ)を春雨に我(わ)れ立ち濡(ぬ)ると家思ふらむか 1697家人(いへびと)の使ひにあらし春雨の避(よ)くれど我(わ)れを濡(ぬ)らさく思へば 1698あぶり干(ほ)す人もあれやも家人(いへ…
訓読 >>> 1685川の瀬の激(たぎ)ちを見れば玉かも散り乱れたる川の常(つね)かも 1686彦星(ひこほし)のかざしの玉し妻恋(つまごひ)に乱れにけらしこの川の瀬に 1687白鳥(しらとり)の鷺坂山(さぎさかやま)の松蔭(まつかげ)に宿(やど)りて行…
訓読 >>> とこしへに夏冬行けや裘(かはごろも)扇(あふぎ)放(はな)たぬ山に住む人 要旨 >>> いつだって夏と冬が同時にやってくるというのか、毛皮の衣を着て扇を放そうとはしない、この絵の中の仙人は。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』から、題…
訓読 >>> 率(あども)ひて漕(こ)ぎ去(い)にし舟は高島の安曇(あど)の港に泊(は)てにけむかも 要旨 >>> 声を掛け合いながら漕いでいった舟は、今頃、高島の安曇の港にでも停泊したのだろうか。 鑑賞 >>> 題詞に「高市が歌」とあり、確証は…
訓読 >>> 1688あぶり干(ほ)す人もあれやも濡れ衣(ぎぬ)を家には遣(や)らな旅のしるしに 1689荒磯辺(ありそへ)につきて漕(こ)がさね杏人(からたち)の浜を過ぐれば恋(こほ)しくありなり 要旨 >>> 〈1688〉ずぶぬれになった着物を火にあぶ…
訓読 >>> 妹(いも)らがり今木(いまき)の嶺(みね)に茂り立つ夫(つま)松の木は古人(ふるひと)見けむ 要旨 >>> 今木の嶺に茂り立つ、夫の訪れを待つという松の木は、昔のあの皇子をきっと見ていたことだろう。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』…
訓読 >>> 1710我妹子(わぎもこ)が赤裳(あかも)ひづちて植ゑし田を刈りて収(をさ)めむ倉無(くらなし)の浜 1711百伝(ももづた)ふ八十(やそ)の島廻(しまみ)を漕ぎ来れど粟(あは)の小島(こしま)は見れど飽(あ)かぬかも 要旨 >>> 〈171…
訓読 >>> 1729暁(あかとき)の夢(いめ)に見えつつ梶島(かぢしま)の礒(いそ)越す波のしきてし思ほゆ 1730山科(やましな)の石田(いはた)の小野(をの)の柞原(ははそはら)見つつか君が山道(やまぢ)越ゆらむ 1731山科(やましな)の石田の杜…
訓読 >>> 1761三諸(みもろ)の 神奈備山(かむなびやま)に 立ち向かふ 御垣(みかき)の山に 秋萩(あきはぎ)の 妻をまかむと 朝月夜(あさづくよ) 明けまく惜しみ あしひきの 山彦(やまびこ)響(とよ)め 呼び立て鳴くも 1762明日(あす)の宵(よ…
訓読 >>> 1757草枕 旅の憂(うれ)へを 慰(なぐさ)もる 事もありやと 筑波嶺(つくはね)に 登りて見れば 尾花(をばな)散る 師付(しつく)の田居(たゐ)に 雁(かり)がねも 寒く来(き)鳴きぬ 新治(にひばり)の 鳥羽(とば)の淡海(あふみ)も…
訓読 >>> ぬばたまの夜霧(よぎり)は立ちぬ衣手(ころもで)を高屋(たかや)の上にたなびくまでに 要旨 >>> 夜霧がたちこめている。屋敷の高殿の上まですっぽり覆いつくしてたなびくほどに。 鑑賞 >>> 『柿本人麻呂歌集』に「舎人皇子(とねりの…
訓読 >>> 1744埼玉(さきたま)の小埼(をさき)の沼に鴨(かも)ぞ羽(はね)霧(き)る 己(おの)が尾に降り置ける霜を掃(はら)ふとにあらし 1745三栗(みつぐり)の那賀(なか)に向へる曝井(さらしゐ)の絶えず通はむそこに妻(つま)もが 1746遠…
訓読 >>> 1780牡牛(ことひうし)の 三宅(みやけ)の潟(かた)に さし向かふ 鹿島(かしま)の崎に さ丹(に)塗りの 小船(をぶね)を設(ま)け 玉巻きの 小楫(をかぢ)しじ貫(ぬ)き 夕潮(ゆふしほ)の 満ちのとどみに 御船子(みふなこ)を 率(…
訓読 >>> 1753衣手(ころもで) 常陸(ひたち)の国の 二並(ふたなら)ぶ 筑波の山を 見まく欲(ほ)り 君(きみ)来(き)ませりと 暑(あつ)けくに 汗(あせ)掻(か)きなけ 木(こ)の根(ね)取り うそぶき登り 峰(を)の上(うへ)を 君に見すれ…
訓読 >>> 1701さ夜中と夜(よ)は更けぬらし雁(かり)が音(ね)の聞こゆる空に月渡る見ゆ 1702妹(いも)があたり繁(しげ)き雁(かり)が音(ね)夕霧(ゆふぎり)に来(き)鳴きて過ぎぬすべなきまでに 1703雲隠(くもがく)り雁(かり)鳴く時は秋…
訓読 >>> 1704ふさ手折(たを)り多武(たむ)の山霧(やまぎり)繁(しげ)みかも細川(ほそかは)の瀬に波の騒(さわ)ける 1705冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ吾等(われ)ぞ 要旨 >>> 〈1704〉枝を手折ってたくさんためるとい…
訓読 >>> 1774たらちねの母の命(みこと)の言(こと)にあらば年の緒(を)長く頼め過ぎむや 1775泊瀬川(はつせがは)夕(ゆふ)渡り来て我妹子(わぎもこ)が家の金門(かなと)に近づきにけり 要旨 >>> 〈1774〉母の言われることなので、気をもた…
訓読 >>> 1676背(せ)の山に黄葉(もみち)常敷(つねし)く神岡(かみをか)の山の黄葉は今日(けふ)か散るらむ 1677大和には聞こえも行くか大我野(おほがの)の竹葉(たかは)刈り敷き廬(いほ)りせりとは 1678紀の国の昔(むかし)弓雄(ゆみを)…
訓読 >>> 1672黒牛潟(くろうしがた)潮干(しほひ)の浦を紅(くれなゐ)の玉裳(たまも)裾(すそ)ひき行くは誰(た)が妻 1673風莫(かざなし)の浜の白波いたづらにここに寄せ来(く)る見る人なしに [一云 ここに寄せ来(く)も] 1674我(わ)が背…