大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

秋の野を朝ゆく鹿の跡もなく・・・巻第8-1613

訓読 >>>

秋の野を朝ゆく鹿(しか)の跡(あと)もなく思ひし君に逢へる今宵(こよひ)か

 

要旨 >>>

秋の野を朝行く鹿の通った跡も分からないように、どこへ行ったか見当のつかなかったあなたに、お逢いできた今宵です。

 

鑑賞 >>>

 賀茂女王(かものおおきみ)の歌。賀茂女王は、故左大臣長屋王の娘。上2句は「跡もなく」を導く序詞。秋は鹿の恋の季節であり、「朝ゆく」は、野で寝ていた鹿が、朝になって山へ帰っていくこと。「跡もなく」は、夫婦関係を結んだ後朝の別れの後、それきりで途絶えてしまった意。しばらく消息の途絶えていた男に再び逢えた喜びを詠んでいる歌です。ただし、左注に「右の歌は、或いは倉橋部女王の作、或いは笠縫女王の作という」とあります。

 窪田空穂はこの歌について、「当時の夫婦関係にあっては、この歌のような状態が稀れなものではなかったろうと思われる。序詞がその季節をあらわすとともに、きわめて自然で、また気分のつながりをもったものてある上に「朝」と「今夜」の照応もあって、全体の上に大きく働いている。一首、おおらかで、気品のある歌である」と述べています。

 

 

万葉集』の三大部立て

雑歌(ぞうか)
 公的な歌。宮廷の儀式や行幸、宴会などの公の場で詠まれた歌。相聞歌、挽歌以外の歌の総称でもある。

相聞歌(そうもんか)
 男女の恋愛を中心とした私的な歌で、万葉集の歌の中でもっとも多い。男女間以外に、友人、肉親、兄弟姉妹、親族間の歌もある。

挽歌(ばんか)
 死を悼む歌や死者を追慕する歌など、人の死にかかわる歌。挽歌はもともと中国の葬送時に、棺を挽く者が者が謡った歌のこと。

万葉集』に収められている約4500首の歌の内訳は、雑歌が2532首、相聞歌が1750首、挽歌が218首となっています。