訓読 >>>
2508
すめろぎの神(かみ)の御門(みかど)を畏(かしこ)みとさもらふ時に逢へる君かも
2509
まそ鏡(かがみ)見(み)とも言はめや玉かぎる岩垣淵(いはがきふち)の隠(こも)りてある妻
要旨 >>>
〈2508〉恐れ多くも宮殿にお仕えしている時に、私とこんな契りを結んだあなたは・・・。
〈2509〉このような契りを結んだといって人に言うものか、岩の垣根で囲んだ淵のように隠している妻だから。
鑑賞 >>>
『柿本人麻呂歌集』から、宮中で職場恋愛に落ちた男女の問答歌。2508が女の歌で、2509が男の歌。2508の「さもらふ」は、奉仕する。「逢ふ」というのは古語では「深い男女関係になる」という意味なので、恐れ多くも宮中内で、しかも勤務中に体の関係をもっているというのです。男は人麻呂で、女の歌もあるいは人麻呂が物語風に作ったものかもしれません。人麻呂は天武期の内廷に仕えていたようですが、外廷奉仕の身であれば、こうした女官と密会する機会も場所もなかったろうと想像されます。2509の「まそ鏡」は「見」の枕詞。「玉かぎる岩垣淵の」は「隠り」を導く序詞。「隠りてある」は、宮廷の人目に隠れているさま。
相聞歌
「相聞」とは『万葉集』の三大部立(ぶだて)である雑歌・相聞・挽歌の一つであり、基本的には巻第2・4・8・9・10・11・12・13・14の相聞の部に収められている歌約1,750首を指します。その中には肉親や朋友間の歌もありますが、男女の恋の歌が約1,670首(95%)を占めており、圧倒的多数となっています。
相聞の分類にも変化があり、巻第8・10では、季節によって「春相聞・夏相聞」のように分類しています。さらに巻第11・12では、目録に「古今相聞往来歌類之上・下」とあり、本文には相聞の記載はありません。さらに「相聞」部の歌を中心にそれに類するものを含めたいわば広義の「恋歌」というべきものが2,100首余りあり、全体の45%に相当し、『万葉集』の基層を成しています。