大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

浅緑染め懸けたりと見るまでに・・・巻第10-1846~1849

訓読 >>>

1846
霜(しも)枯(が)れの冬の柳(やなぎ)は見る人のかづらにすべく萌(も)えにけるかも

1847
浅緑(あさみどり)染め懸けたりと見るまでに春の柳(やなぎ)は萌(も)えにけるかも

1848
山の際(ま)に雪は降りつつしかすがにこの川柳(かはやぎ)は萌(も)えにけるかも

1849
山の際(ま)の雪の消(け)ざるをみなぎらふ川の沿ひには萌(も)えにけるかも

 

要旨 >>>

〈1846〉霜で枯れた冬の柳は、見る人の髪飾りにしたらよいほどに、芽が出ていることだ。

〈1847〉まるで浅緑色に染めた糸をかけたように、春の柳が芽吹いていることだ。

〈1848〉山間には雪が降っているけれども、この川楊は芽吹いていることだ。

〈1849〉山間の雪はまだ消えていないのに、水があふれるこの川沿いでは、もうすっかり芽吹いていることだ。

 

鑑賞 >>>

 「柳を詠む」歌。「柳」は、しだれ柳。1846の「かづら」は、植物を巻きつけて髪飾りにしたもの。『万葉集』ではさまざまな植物を「かづら」にすることが詠まれていますが、柳のかづらを詠む例が圧倒的に多くなっています。その強い生命力にあやかってのこととみえます。1848の「山の際」は、山と山の間。「しかすがに」は、そうではあるが。「川柳」は、ねこやなぎ。1849の「みなぎらふ」は、水があふれる意。