大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

神さびをるかこれの水島・・・巻第3-245~247

訓読 >>>

245
聞きしごとまこと尊(たふと)く奇(くす)しくも神(かむ)さびをるかこれの水島(みづしま)

246
芦北(あしきた)の野坂(のさか)の浦ゆ船出(ふなで)して水島に行かむ波立つなゆめ

247
沖つ波辺波(へなみ)立つともわが背子(せこ)がみ船(ふね)の泊(とま)り波立ためやも

 

要旨 >>>

〈245〉かねて話に聞いていたとおり、尊くて霊妙で神々しく見えることか、この水島は。

〈246〉芦北の野坂の浦から船出して、水島に行こうと思う。波よ、決して立ってくれるなよ。

〈247〉沖の波や岸の波が立とうとも、あなたの御船の着く所に、波が立ちましょうか、立ちはしません。

 

鑑賞 >>>

 245・246は、長田王が筑紫に遣わされて水島に渡ったときの歌。筑紫に赴いたのは大宰府管内の巡察のためだったのではないかとされます。「水島」は、熊本県八代市の南川河口にある小島。昔、ここで景行天皇が神に祈り、島の崖から塩気のない水が湧き出たという言い伝えがあり、245は、その信仰を感動をもって詠んだ歌。「奇し」は、霊妙不思議をあらわす語。「これの」は「この」の古形。246の「芦北」は、熊本県葦北郡水俣市の地。「野坂の浦」は、不知火海に面した海岸。

 247は、石川大夫(いしかわだいぶ)が和した歌。石川大夫は、王の巡視に随行した大宰府の官人とみられます。