大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

恋の奴がつかみかかりて・・・巻第16-3816

訓読 >>>

家に有る櫃(ひつ)に鏁(かぎ)刺し収(おさ)めてし恋の奴(やつこ)がつかみかかりて

 

要旨 >>>

家にある櫃に鍵をかけ、しまい込んでいたはずの、あの面倒な恋の奴めがつかみかかって来て。

 

鑑賞 >>>

 穂積皇子(ほづみのみこ)の歌。左注に、宴会が盛り上がってきたときに、好んでこの歌を詠み、お定まりの座興となさった、とあります。一説によれば、穂積皇子は「つかみかかりて」と歌いながら、宴席に侍って酒を勧める女性に不意に抱きついて驚かせ、場の座興にしていたのだろうとも言われています。「櫃」は、蓋のついている木箱。「恋の奴」の「奴」は賤民身分の男の使用人のことで、ここでは自分を苦しめる「恋」を擬人化しています。当時かなり流行った言葉らしく、幾つかの歌にも用いられています。穂積皇子は、若いころの但馬皇女(たじまのひめみこ)との恋愛で有名な人ですが、不幸にみちた愛への懊悩からか、その後の皇子は恋をすることはなかったといいます。初老のころに若い坂上郎女をめとりますが、寵愛こそすれ、恋はしなかったのかもしれません。

 この歌を宴会で必ずうたっていたということは、自作の歌ではなく、当時流行っていた歌だったのかもしれません。