大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

早く日本に帰ろう!・・・巻第1-63

訓読 >>>

いざ子どもはやく日本(やまと)へ大伴(おほとも)の御津(みつ)の浜松待ち恋ひぬらむ

 

要旨 >>>

さあ皆の者どもよ、早く日本に帰ろう。大伴の御津の浜のあの松原も、我々を待ち焦がれているだろうから。

 

鑑賞 >>>

 山上憶良唐土にいたとき、故郷・日本を思って作った歌です。山上憶良は、藤原京時代から奈良時代中期に活躍した万葉第三期の歌人(660~733年)で、文武天皇大宝元年(701年)に遣唐大使・粟田真人に少録として従い入唐、3年ほど滞在して帰国しました。この歌は帰国の出帆間近のころに作られたとされます。

 「子ども」は部下や年少者等を親しんで呼んだもの。「大伴」は今の難波の辺り一帯の地名で、かつて大伴氏の領地でした。「御津」は難波の港で、遣唐使はここから出入りしていました。

 なお、それまで無位だった憶良は渡唐の功によって正六位下に叙せられ、後に伯耆守(ほうきのかみ)となり、帰京後は聖武皇太子の侍講を拝命しています。大宰府に下ったのはその10年後の726年ごろとされます。

 

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