大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

馬を買ってください、あなた・・・巻第13-3314~3317

訓読 >>>

3314
つぎねふ 山背道(やましろぢ)を 人夫(ひとづま)の 馬より行くに 己夫(おのづま)し 徒歩(かち)より行けば 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と 我(わ)が持てる まそみ鏡に 蜻蛉領巾(あきづひれ) 負(お)ひ並(な)め持ちて 馬買へわが背(せ)

3315
泉川(いづみがは)渡り瀬(ぜ)深みわが背子(せこ)が旅行き衣(ごろも)ひづちなむかも

3316
ある本の反歌に曰く
まそ鏡持てれど我(わ)れは験(しるし)なし君が徒歩(かち)よりなづみ行く見れば

3317
馬買はば妹(いも)徒歩(かち)ならむよしゑやし石は踏むとも我(わ)はふたり二人行かむ

 

要旨 >>>

〈3314〉峰を越えて山背へ行く道を、よその夫は馬で行くのに、わが夫はとぼとぼと歩いていくので、それを見るにつけ、泣けてきて、そのことを思うと心が痛む。母の形見に私が持っている立派な鏡と蜻蛉領巾(あきずひれ)を持って行って、馬を買ってください、あなた。

〈3315〉泉川の渡り瀬は深いので、あなたの旅装の着物がびしょ濡れになってしまうのではないでしょうか。

〈3316〉立派な鏡を持ってはいますが、私には何の甲斐もありません。あなたが徒歩で難儀しながらいらっしゃるのを見ると。

〈3317〉私が馬を買ったなら、お前はどこへ行くにも徒歩になるではないか。かまわない、石を踏んで難儀しようとも、二人で歩いて行こう。

 

鑑賞 >>>

 3314~3316が妻の歌、3317が夫が答えた歌です。よその夫たちはみな馬に乗って旅立つのに、自分の夫だけは徒歩で行く。そんな夫を妻が案じ、自分が大切に持っている母の形見の鏡や領巾(ひれ)を売って、どうぞ馬を買ってくださいと言っています。夫はそんな思いつめた妻に対し、二人で行く旅を思い描きつつ、「もし馬を買ったら、お前だけが徒歩になるじゃないか」と、機知とユーモアをもって答えています。優しい妻と大らかな夫との、夫婦愛溢れる歌のやり取りです。

 3314の「つぎねふ」は「山背」の枕詞。「山背」は京都府南部の旧国名。「たらちねの」は「母」の枕詞。「まそみ鏡」は「まそ鏡」ともいい、よく映る立派な鏡のこと。「蜻蛉領巾」はトンボの羽のように透き通った薄い領巾(ひれ)のことで、両肩に後ろから掛けて前に垂らして身につけていた布帛(ふはく)です 。3315の「泉川」は今の木津川。「ひづつ」はびしょ濡れになる意です。

 

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