大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(11)・・・巻第15-3763~3766

訓読 >>>

3763
旅と言へば言(こと)にぞやすきすべもなく苦しき旅も言(こと)にまさめやも

3764
山川(やまがは)を中に隔(へな)りて遠くとも心を近く思ほせ我妹(わぎも)

3765
まそ鏡(かがみ)懸(か)けて偲(しぬ)へと奉(まつ)り出(だ)す形見(かたみ)のものを人に示すな

3766
愛(うるは)しと思ひし思はば下紐(したびも)に結(ゆ)ひつけ持ちてやまず偲(しの)はせ

 

要旨 >>>

〈3763〉旅と言えば口で言うのはたやすいが、さりとて、どうしようもなく苦しいこの旅は、旅という言葉よりほかに表しようがあろうか、表わせはしない。
 
〈3764〉山や川を隔てて、身は遠く離れてはいるが、心は近くにいると思ってください、わが妻よ。
 
〈3765〉まそ鏡を掛けるように、心に懸けてかけて偲んでほしいと贈る形見の品を、他の人には見せないで下さい。

〈3766〉この形見の品を愛しいと思ってくれるなら、着物の下紐に結びつけて持ち、絶えず私を偲んで下さい。

 

鑑賞 >>>

 中臣宅守が娘子に贈った歌。3763の「すべもなく」は、どうしようもなく。「言にまさめやも」の「やも」は詠嘆的反語で、言い表せようか、表せない、の意。3764の「思ほせ」は「思へ」の敬語で、女性に対しての慣用。窪田空穂は、「こうした場合には、男性には浪漫的な心が起こり、繰り返しこうしたことをいわずにはいられなかったろうが、女性はかえって実際的となり、男性の想像するほどの慰めは与えられなかったろうと思われる」と、手厳しいことを述べています。

 3765・3766は、娘子に贈る鏡に添えた歌。3765の「まそ鏡」は「懸け」の枕詞。「奉り出す」は、差し上げる、お贈りする。「形見」は、離れている人を思い出すよすがとなる物。「人に示すな」は、魂のこもった形見は、人に見せるとその霊力が衰えるという信仰によっています。3766の「愛しと思ひし」の「し」は、強意の助詞。