大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

中臣宅守と狭野弟上娘子の贈答歌(13)・・・巻第15-3771~3774

訓読 >>>

3771
宮人(みやひと)の安寐(やすい)も寝(ね)ずて今日今日(けふけふ)と待つらむものを見えぬ君かも

3772
帰りける人(ひと)来(きた)れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて

3773
君が共(むた)行かましものを同じこと後(おく)れて居(お)れど良きこともなし

3774
我(わ)が背子(せこ)が帰り来まさむ時のため命(いのち)残さむ忘れたまふな

 

要旨 >>>

〈3771〉宮廷に仕える私は安眠もできず、お帰りを今日か今日かとお待ちしているのですが、お姿を見ることはありません。

〈3772〉赦されて帰ってきた人たちが着いたと聞いて、もうほとんど死ぬところでした。もしやあなたと思って。

〈3773〉こんなことならあなたと共にに行けばよかった。旅はつらいというけれど、残っていても同じことです。何のよいこともありません。

〈3774〉あなたが帰っておいでになる、その時のため この命をつないでおこうと思います。どうか忘れないで下さい。

 

鑑賞 >>>

 娘子が作った歌8首のうちの4首。3771の「宮人」は、宮仕えの女たちの意ですが、女官である自身のことを言っています。3772は、天平12年6月に大赦があり、幾人かが許されて帰京した時の作といいます。嬉しさのあまり死にそうになったと歌っていますが、この時には宅守は赦免されませんでした。その落胆ぶりはいかばかりであったか。しかし、3774では、娘子は気を取り直し、自らを力づけています。

 この時の大赦は理由もなく行われたもので、『続日本紀』に、大赦から除外された犯罪、及び犯罪者の氏名が出ており、中臣宅守、石上乙麿の名があります。除外された犯罪は、職権を乱用して私腹を肥やす罪、殺人の罪、貨幣偽造の罪、強盗窃盗の罪、姦通の罪、また身分として、天皇への忠誠を要求される親衛軍の兵士とあります。