大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

雨降らずとの曇る夜の・・・巻第3-370

訓読 >>>

雨降らずとの曇(ぐも)る夜(よ)のしめじめと恋ひつつ居(を)りき君待ちがてり

 

要旨 >>>

雨は降らないが、空一面に曇っている夜に、しみじみと恋い焦がれておりました。あなたをお待ちしながら。

 

鑑賞 >>>

 中納言阿倍広庭卿の歌。阿倍広庭(あべのひろにわ)は、右大臣・阿倍御主人(あべのみうし)の子。聖武天皇即位の前後に従三位に叙せられ、神亀4年(727年)に中納言に任ぜられた人で、長屋王政権下で順調に昇進を果たしました。『万葉集』には4首の歌があります。

 「との曇る」は、一面に曇る。「しめじめと」の原文「潤濕跡」とあるのは難訓で、「ぬるぬると」「潤(ぬ)れ湿(ひ)づと」などと訓むものもあります。上2句からは、じめじめするさま、第4句へはずるずるするさま、あるいは「濡れひたると思って」などと解されます。来訪を約束してある友が到着した時、その喜びをいった歌とされます。

 なお、広庭の父、阿倍御主人(あべのみうし)は、『竹取物語』に、かぐや姫に求婚する貴公子の一人として登場しています。御主人は、672年の壬申の乱大海人皇子天武天皇)側について活躍、初め布勢御主人(ふせのみうし)と称していましたが、後に阿倍氏の氏上となり、以後阿倍氏を称しました。大納言を経て従二位・右大臣になった人で、物語の中では、藤原不比等に擬せられた庫持皇子のような悪辣さはないものの、何でも金次第という金権政治家として描かれています。