訓読 >>>
雨降らずとの曇(ぐも)る夜(よ)のしめじめと恋ひつつ居(を)りき君待ちがてり
要旨 >>>
雨は降らないが、空一面に曇っている夜に、しみじみと恋い焦がれておりました。あなたをお待ちしながら。
鑑賞 >>>
中納言阿倍広庭卿の歌。阿倍広庭(あべのひろにわ)は、右大臣・阿倍御主人(あべのみうし)の子。聖武天皇即位の前後に従三位に叙せられ、神亀4年(727年)に中納言に任ぜられた人で、長屋王政権下で順調に昇進を果たしました。『万葉集』には4首の歌があります。
「との曇る」は、一面に曇る。「しめじめと」の原文「潤濕跡」とあるのは難訓で、「ぬるぬると」「潤(ぬ)れ湿(ひ)づと」などと訓むものもあります。上2句からは、じめじめするさま、第4句へはずるずるするさま、あるいは「濡れひたると思って」などと解されます。来訪を約束してある友が到着した時、その喜びをいった歌とされます。
なお、広庭の父、阿倍御主人(あべのみうし)は、『竹取物語』に、かぐや姫に求婚する貴公子の一人として登場しています。御主人は、672年の壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)側について活躍、初め布勢御主人(ふせのみうし)と称していましたが、後に阿倍氏の氏上となり、以後阿倍氏を称しました。大納言を経て従二位・右大臣になった人で、物語の中では、藤原不比等に擬せられた庫持皇子のような悪辣さはないものの、何でも金次第という金権政治家として描かれています。
枕詞と序詞
枕詞は和歌で使われる修辞技法の一つで、『万葉集』に多く見られます。ふつうは5音からなり、それぞれが決まった語について、語調や意味を整えたりします。ただし、枕詞自体は、語源や意味がわからないものが殆どです。
序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。