大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

婦負の野のすすき押しなべ・・・巻第17-4016

訓読 >>>

婦負(めひ)の野のすすき押しなべ降る雪に宿(やど)借る今日(けふ)し悲しく思ほゆ

 

要旨 >>>

婦負の野のススキを一面に倒しながら雪が降っている。ここで宿を取らねばならないのかと思うと、今日はことに悲しく思われる。

 

鑑賞 >>>

 高市黒人の歌。「婦負の野」は、富山県射水市あたりの野。「押しなぶ」は、横に倒す意。黒人は、越中にも旅したことがあるのか、左注には、この歌を伝誦したのは三国真人五百国(みくにのまひといおくに)である、とあります。三国真人五百国の伝は不明ですが、越中国庁に仕えていた人とみられ、天平19年に、国守の大伴家持が記録にとどめていたものです。古歌ですが、この時代まで人々の共感を呼び、伝誦されて生き続けた歌だったことが分かります。

 ただし、これは黒人の歌であることを否定する見方もあります。巻第17は家持の歌日記的な巻であり、この歌のあたりは天平20年(748年)正月頃の歌が並んでいます。その中にぽつんと約50年前の黒人の歌があるのであり、黒人らしい旅愁の歌であることから、伝誦者の三国真人五百国を信じてそのまま「高市黒人の歌」という題詞をつけたのではないか、と。黒人は持統・文武天皇に供奉して行動した人ですが、持統も文武も北陸に行ったという記録はありません。