大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

黒髪に白髪交り・・・巻第4-563~564

訓読 >>>

563
黒髪に白髪(しろかみ)交(まじ)り老(お)ゆるまでかかる恋にはいまだ逢(あ)はなくに

564
山菅(やますげ)の実(み)ならぬことを我(わ)に寄そり言はれし君は誰(た)れとか寝(ぬ)らむ

 

要旨 >>>

〈563〉黒髪に白髪が交じって老いたこの日まで、このような激しい恋に出会ったことはありません。

〈564〉山菅に実がならないように、しょせん実らぬ間柄なのに、まるで関係があるように噂になっているあなたは、本当はどなたと寝ていらっしゃるのでしょうね。

 

鑑賞 >>>

 大伴百代が「老いらくの恋」を詠んだ4首(巻第5-559~562)に、大伴坂上郎女が仮の相手となって返した歌です。百代が、これまで何事もなく生きてきたのに、老いの波を迎えてこんな苦しい恋に出会ってしまった、と言ったのに対し、563で坂上郎女は「白髪」という現実的な表現を用いて同調しながらも、百代の歌をしらじらしいとして、「本当はどなたと寝ていらっしゃるの?」と切り返しています。宴席での歌のやり取りだったとみられます。

 ただし、郎女はこの時30代半ばの女盛りなので「白髪交り老ゆる」というのは不自然です。この点、国文学者の窪田空穂は「百代のあまり巧みでない559番の歌と全く同じ内容を、もっと優れたものに改作して返し、一首の揶揄を試みたものではないか」と言っています。

 564の「山菅の」は「実ならぬ」の枕詞。「実ならぬ」は、恋の実体のないことを譬えています。「山菅」は、竜のひげと称する山草または山に生える菅の一般的呼称。「我に寄そり」の「寄そり」は、関係があるように言いはやす。