大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

出でて去なむ時しはあらむを・・・巻第4-585~586

訓読 >>>

585
出でて去(い)なむ時しはあらむをことさらに妻恋(つまごひ)しつつ立ちて去(い)ぬべしや

586
相(あひ)見ずは恋ひずあらましを妹(いも)を見てもとなかくのみ恋ひばいかにせむ

 

要旨 >>>

〈585〉お帰りになる時はいつでもあるでしょうに、わざわざ妻を恋ながら立ち去ることがあってよいものですか。

〈586〉出逢わなければ苦しむこともなかっただろうに、あなたに逢ってから、無性に恋焦がれています。これから先どうしたらよいのだろう。

 

鑑賞 >>>

 大伴坂上郎女の歌。585は、来客を引き留める歌。「出でて去なむ」は、郎女の許から出て行く意。「時しはあらむを」は、適当な時があろうものを。来客は家持で、その妻とは娘の大嬢でしょうか。からかいの気持ちが込められています。

 586は、題詞に「大伴宿祢稲公が田村大嬢に贈った歌」とありますが、左注には「姉の坂上郎女の作」となっており、歌才の乏しい弟の稲公(いなきみ)に代わって作った歌のようです。田村大嬢(たむらのだいじょう)は、坂上郎女にとって先妻の子、大嬢の異母姉にあたります。「もとな」は、むやみに、しきりに。この歌については「単調で新味がなく、坂上郎女もわざと手を抜いたのかもしれない」との評があります。