大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

姫百合の知らえぬ恋は・・・巻第8-1500

訓読 >>>

夏の野の茂みに咲ける姫百合(ひめゆり)の知らえぬ恋は苦しきものぞ

 

要旨 >>>

夏の野の繁みににひっそりと咲いている姫百合、それが人に気づいてもらえないように、あの人に知ってもらえない恋は苦しいものです。

 

鑑賞 >>>

 大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌で、女の恋歌の代表作といってよい1首です。上3句は「知らえぬ」を導く序詞。「知らえぬ」は、姫百合が人に知られない意と、恋の相手に知ってもらえない意を掛けています。「姫百合」は百合の一種で、鬼百合に比べると茎も花も小さく、夏に朱色または黄色の花が咲きます。小さいながらも、鮮やかに咲く姫百合の姿を恋心の強さに重ねています。

 詩人の大岡信は、「坂上郎女の歌としてはやや意外な感じがするくらい純情可憐な恋歌であり、ひょっとしてまだ年若い親族の女に代わって作ってやった歌かもしれない、などと想像もされる」と言っています。

 家持の叔母にあたる大伴坂上郎女は、はじめ穂積皇子の愛人となり、ついで藤原麻呂の愛人に、さらに異母兄の大伴宿奈麻呂の妻となった、恋多き女性でありました。しかし、二人の娘が生まれた後、郎女は夫に先立たれてしまいます。そして、大宰府にいる異母兄・大伴旅人が妻を亡くしたので、旅人と住むことになりました。その理由としては、旅人の後妻になるためとも、旅人やその子・家持らの世話をし、大伴一族の家刀自(いえとじ)として家政を取り仕切るためとも言われています。

 郎女は、20数年の間に、長歌6首、短歌77首、旋頭歌1首を残しており、『万葉集』の女性歌人としては最も歌の数が多く、題材も、恋歌のみならず、神歌、挽歌など多岐にわたっています。