大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

大夫の寿く豊御酒に・・・巻第6-989

訓読 >>>

焼太刀(やきたち)の稜(かど)打ち放ち大夫(ますらを)の寿(ほ)く豊御酒(とよみき)に我れ酔(え)ひにけり

 

要旨 >>>

焼いて鍛えた太刀のかどを鋭く打って、雄々しい男子が祈りをこめる立派な酒に、私は酔ってしまった。

 

鑑賞 >>>

 題詞に「湯原王(ゆはらのおおきみ)の打酒の歌」とあり、酒を打つとは、飲酒に先立って刀で悪霊を切り払う呪法だったようですが、「稜打ち放ち」の具体的動作ははっきりしていません。一説には、勢いよく抜き放った刀を振って、よい発酵を願うような行為ではなかったかとも言われます。「稜」は、刀の鎬(しのぎ)の部分。「豊御酒」は、酒を讃えての称。神祭りに酒を捧げ、神事の後にその酒を神とともに頂く(直会:なおらい)のが、本来の日本人の酒の飲み方だったといわれます。ここでは酔いの楽しさを詠んでいますが、例の少ないものです。

 湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に光仁天皇春日王海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されており、家持に与えた影響も少なくないといわれます。生没年未詳。『万葉集』には19首。