大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

石城にも隠らばともに・・・巻第16-3806

訓読 >>>

事しあらば小泊瀬山(をはつせやま)の石城(いはき)にも隠(こも)らばともにな思ひ我(わ)が背(せ)

 

要旨 >>>

二人の仲を妨げるようなことが起こったら、あの泊瀬山の岩屋に葬られるなら葬られるで、私もずっと一緒にいます。ですから心配なさらないで、あなた。

 

鑑賞 >>>

 左注に「この歌には言い伝えがある」として次のような説明があります。あるとき娘子がいた。父母に知らせず、ひそかに男と交わった。男は女の両親の怒りを恐れ、だんだん弱気になってきた。そこで娘子はこの歌を作って男に贈り与えたという。

 「事しあらば」は、二人の結婚に何かの障害が起こったら。「小泊瀬山」の「小」は美称で、奈良県桜井市初瀬にある山。「泊瀬」は葬地として知られていて、泊瀬山は共同墓地となっていました。「石城」は、墓のこと。石城に葬られるのは、しかるべき身分の者に限られていたといいます。「な思ひ」の「な」は、禁止。

 いわば「偕老洞穴」の誓いの歌ですが、常陸風土記に「こちたけば小泊瀬山の石城にも率て隠らなむ恋ひそ吾妹」という、男が女に言った歌が載っており、また、巻第4-506に安倍女郎による「我が背子は物な念ほし事しあらば火にも水にも我がなけなくに」という歌があり、広く流行していた類の歌とみられます。