大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

住吉の小集楽に出でて・・・巻第16-3808

訓読 >>>

住吉(すみのえ)の小集楽(をづめ)に出でてうつつにもおの妻(づま)すらを鏡と見つも

 

要旨 >>>

妻と二人で住吉の歌垣の集まりに出てみたが、自分の妻ながら、夢ではなくまざまざと、鏡のように光り輝いて見えた。

 

鑑賞 >>>

 この歌には次のような注釈があります。昔、ある田舎者がいた。姓名はわからない。ある時、村の男女が大勢集まって野で歌垣を催した。この集まりの中にその田舎者の夫婦がいた。妻の容姿は大勢の中で際立って美しかった。そのことに気づいたこの夫はいっそう妻を愛する気持ちが高まり、この歌を作って美貌を讃嘆した。

 「小集楽」の「小」は親しんで呼ぶ接頭語で、「集楽」は橋のたもと。歌垣は橋のたもとで行われることが多かったため、「小集楽に出でて」は、歌垣に参加することを意味します。住吉の歌垣は有名だったようです。歌垣は、もともとは豊作を祈る行事で、春秋の決まった日に男女が集まり、歌舞や飲食に興じた後、性の解放が許されました。昔の日本人は性に関してはかなり奔放で、独身者ばかりではなく、夫婦で歌垣に参加して楽しんでいたようです。「鏡と見つも」は、鏡のように見たことよ。鏡は貴く美しい物の譬喩で、それのようにつくづく見たという意。

 

 

 

枕詞あれこれ

神風(かむかぜ)の
 「伊勢」に掛かる枕詞。日本神話においては、伊勢は古来暴風が多く、天照大神の鎮座する地であるところからその風を神風と称して神風の吹く地の意からとする説や、「神風の息吹」のイと同音であるからとする説などがある。

草枕
 「旅」に掛かる枕詞。旅にあっては、草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから。

韓衣(からごろも)
 「着る」「袖」「裾」など、衣服に関する語に掛かる枕詞。「韓衣」は、中国風の衣服で、広袖で裾が長く、上前と下前を深く合わせて着る。「唐衣」とも書く。

高麗錦(こまにしき)
 「紐」に掛かる枕詞。「高麗錦」は、高麗から伝わった錦または高麗風の錦で、高麗錦で紐や袋を作ったところから。

隠(こも)りくの
 大和国の地名「泊瀬(初瀬)」に掛かる枕詞。泊瀬の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから。

さねかづら
 「後も逢ふ」に掛かる枕詞。「さねかづら」は、つる性の植物で、つるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから。

敷島の/磯城島の
 「大和」に掛かる枕詞。「敷島」は、崇神天皇欽明天皇が都を置いた、大和国磯城 (しき) 郡の地名で、磯城島の宮のある大和の意から。

敷妙(しきたへ)の
 「枕」に掛かる枕詞。「敷妙」は、寝床に敷く布団の一種。寝具であるところから、他に「床」「衣」「袖」「袂」「黒髪」などにも掛かる。

白妙(しろたへ)の
 白妙で衣服を作るところから、「衣」「袖」「紐」など衣服に関する語に掛かる枕詞。また、白妙は白いことから「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にも掛かる。

高砂
 「松」「尾上(をのへ)」に掛かる枕詞。高砂兵庫県)の地が尾上神社の松で有名なところから。同音の「待つ」にも掛かる。

玉櫛笥(たまくしげ)
 玉櫛笥の「玉」は接頭語で、「櫛笥」は櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥を開けるところから「あく」に、櫛笥には蓋があるところから「二(ふた)」「二上山」に、身があるところから「三諸(みもろ)」などに掛かる枕詞。

玉梓(たまづさ)の
 「使ひ」に掛かる枕詞。古く便りを伝える使者は、梓(あずさ)の枝を持ち、これに手紙を結びつけて運んでいたことから。また、妹のもとへやる意味から「妹」にも掛かる。

玉鉾(たまほこ)の
 「道」「里」に掛かる枕詞。「玉桙」は立派な桙の意ながら、掛かる理由は未詳。

たらちねの
 「母」に掛かる枕詞。語義、掛かる理由未詳。

ちはやぶる
 「ちはやぶる」は荒々しい、たけだけしい意。荒々しい「氏」ということから、地名の「宇治」に、また荒々しい神ということから「神」および「神」を含む語や神の名に掛かる枕詞。

夏麻(なつそ)引く
 「夏麻」は、夏に畑から引き抜く麻で、夏麻は「績(う)む」ものであるところから、同音で「海上(うなかみ)」「宇奈比(うなひ)」などの「う」に掛かる枕詞。また、夏麻から糸をつむぐので、同音の「命(いのち)」の「い」に掛かる。

久方(ひさかた)の
 天空に関係のある「天(あま・あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などにかかる枕詞。語義、掛かる理由は未詳。

もののふ
 もののふ(文武の官)の氏(うぢ)の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。

百敷(ももしき)の
 「大宮」に掛かる枕詞。「ももしき」は「ももいしき(百石木」が変化した語で、多くの石や木で造ってあるの意から。

八雲(やくも)立つ
 地名の「出雲」にかかる枕詞。多くの雲が立ちのぼる意。

若草の
 若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などに掛かる枕詞。

『万葉集』の時代背景