大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

餓鬼の後に額づくがごと・・・巻第4-608

訓読 >>>

相(あひ)思はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼(がき)の後(しりへ)に額(ぬか)づくがごと

 

要旨 >>>

互いに思い合わない人をこちらで思うのは、大寺の餓鬼の像を、それも後ろから拝むようなものです。

 

鑑賞 >>>

 笠郎女大伴家持に贈った歌。「大寺」は、奈良四大寺の大安寺・薬師寺元興寺興福寺。「餓鬼」は、仏教による三悪道の第二の餓鬼道に落ちた亡者のこと。欲深の報いとして飢餓に苦しむといい、仏像の足元に踏みつけられた姿があります。いくら待っても一向に通ってこようとしない家持を強烈に皮肉り、また、自分は餓鬼の像の後ろから一心にお祈りをするようなことをしていると言って、報われない恋を嘲笑っているかのようです。深刻さを通り越して諧謔めいていますが、その恨み節には家持もたじろいだのではありますまいか。

 斎藤茂吉は、「仏教の盛んな時代であるから、才気の豊かな女等はこのくらいのことは常に言ったかも知れぬが、後代の吾等にはやはり諧謔的に心の働いた面白い」歌と言い、また「女の語気を直接に聞き得るごとくに感じ得る」と言っています。郎女はこの歌を捨て台詞のように残して、生まれ故郷に帰ってしまいます。あるいは、意に反して帰郷させられたとも言われます。郎女がその後、どのような生涯を終えたのか知るすべもありません。