訓読 >>>
609
心ゆも我(わ)は思はずきまたさらに我(わ)が故郷(ふるさと)に帰り来(こ)むとは
610
近くあれば見ねどもあるをいや遠く君がいまさば有りかつましじ
要旨 >>>
〈609〉私は思いもよりませんでした、再び故郷に帰ってこようとは。
〈610〉近くにいればお逢いできなくとも耐えられますが、さらに遠くなってしまったので、生きていけそうにありません。
鑑賞 >>>
笠郎女が、家持と別れた後で贈ってきた歌。609の「心ゆも」の「ゆ」は、発する場所を表す、~より。「故郷」は、平城遷都後はふつう飛鳥・藤原京の地域をさしますが、郎女の故郷でもあったのでしょう。家持に対して抱いている長い間の恨みを総括し、これを言外に置いての言い方をしています。610の「いまさば」は、居ればの敬語。「有りかつましじ」の「あり」は、生きる、「かつ」はできる、「ましじ」は、打消推量。いったん見切りをつけたものの、その覚悟が十分でなかったためか、新たな寂しさを痛感しています。