大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

うち日さす宮道を人は・・・巻第11-2382

訓読 >>>

うち日さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど我(あ)が思ふ君はただひとりのみ

 

要旨 >>>

都大路を人が溢れるほどに往来しているけれど、私が思いを寄せるお方はたったお一人っきりです。

 

鑑賞 >>>

 『柿本人麻呂歌集』から「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「うち日さす」は「宮」の枕詞。「宮道」は、藤原京都大路とされます。官人の妻が、朝、出仕して宮道を行く夫を捉えての歌でしょうか。あるいは作家の田辺聖子は、次のように評しています。「愛の不思議にはじめて遭遇しておどろく、そのさまがういういしいので、まだ十代の恋だろうか。素直なおどろきが、忘れがたい思いを残す。『万葉集』には強い輝きを放つ大粒の宝石も多いが、こんなに小粒のダイヤのような、愛らしいのも多い」

 

歌の形式

片歌
5・7・7の3句定型の歌謡。記紀に見られ、奈良時代から雅楽寮・大歌所において、曲節をつけて歌われた。

旋頭歌
 5・7・7、5・7・7の6句定型の和歌。もと片歌形式の唱和による問答体から起こり、第3句と第6句がほぼ同句の繰り返しで、口誦性に富む。記紀万葉集に見られ、万葉後期には衰退した。

長歌
 5・7音を3回以上繰り返し、さらに7音の1句を加えて結ぶ長歌形式の和歌。奇数句形式で、ふつうこれに反歌として短歌形式の歌が1首以上添えられているのが完備した形。記紀歌謡にも見られるが、真に完成したのは万葉集においてであり、前期に最も栄えた。 

短歌
 5・7・5・7・7の5句定型の和歌。万葉集後期以降、和歌の中心的歌体となる。

仏足石歌体
 5・7・5・7・7・7の6句形式の和歌。万葉集には1首のみ。