大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

吉野なる夏実の川の川淀に・・・巻第3-375

訓読 >>>

吉野なる夏実(なつみ)の川の川淀(かはよど)に鴨(かも)ぞ鳴くなる山陰(やまかげ)にして

 

要旨 >>>

吉野の菜摘の川の淀んだあたりで鴨の鳴く声がする。山陰のあたりで、ここから姿は見えないけれども。

 

鑑賞 >>>

 湯原王が吉野で作った歌。湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に光仁天皇春日王海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されています。生没年未詳。

 「吉野なる」は、吉野にある。「夏実の川」は、奈良県吉野町宮滝の上流、菜摘の地を流れる吉野川。この辺りで川が湾曲し、半島状となった地の尖端にあたるのが菜摘で、ここは吉野でも佳景とされ、集中に他にも歌があり、『懐風藻』の詩にも扱われています。「川淀」は、流れが淀んだところ。斎藤茂吉は、「大景から小景へとしだいに狭められ、そこで鳴く鴨といういささかなものを捉え、結句の『山陰にして』は、一首に響く大切な句で、ここに作者の感慨がこもっている」と言っています。いかにもさわやかな響きのある歌です。