訓読 >>>
春日山(かすがやま)おして照らせるこの月は妹(いも)が庭にも清(さや)けかりけり
要旨 >>>
春日山の一面に照り渡っているこの月は、私の恋人の庭にもさやかに照っていることだよ。
鑑賞 >>>
「月を詠む歌」、作者未詳。「春日山」は、奈良市東部にある山。「おして」は、光が上から押すように強く照らしているさま。一帯を照らす月明かりの中、愛しい女の家にやって来たら、その庭にも月の光がさやかに差し込んでいた、その感慨を詠んだ歌です。女の家は、春日山の裾、春日野のあたりにあったようです。
作者未詳歌
『万葉集』に収められている歌の半数弱は作者未詳歌で、未詳と明記してあるもの、未詳とも書かれず歌のみ載っているものが2100首余りに及び、とくに多いのが巻7・巻10~14です。なぜこれほど多数の作者未詳歌が必要だったかについて、奈良時代の人々が歌を作るときの参考にする資料としたとする説があります。そのため類歌が多いのだといいます。
7世紀半ばに宮廷社会に誕生した和歌は、7世紀末に藤原京、8世紀初頭の平城京と、大規模な都が造営され、さらに国家機構が整備されるのに伴って、中・下級官人たちの間に広まっていきました。「作者未詳歌」といわれている作者名を欠く歌は、その大半がそうした階層の人たちの歌とみることができ、東歌と防人歌を除いて方言の歌がほとんどないことから、機内圏のものであることがわかります。