大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

遠けども面影にして・・・巻第3-396

訓読 >>>

陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

 

要旨 >>>

陸奥(みちのく)の真野の草原は、遠いけれど面影としてはっきり見えるというのに、近くにいるはずのあなたはどうして見えてくれないのでしょうか。

 

鑑賞 >>>

 笠郎女(かさのいらつめ)が、大伴家持に贈った歌です。笠郎女は、家持が若かったころの愛人の一人で、宮廷歌人・笠金村の縁者かともいわれますが、生没年も未詳です。金村はそれほど地位の高い官人ではなかったため、郎女も低い身分で宮廷に仕えていたのでしょう。二人が関係に至った経緯は不明ですが、名門のエリートだった家持とは身分の隔たりがありました。郎女の歌は『万葉集』には29首が収められており、女性の歌では大伴坂上郎女に次ぐ2番目の多さです。そのすべてが家持に贈った歌で、片思いに苦しみ、思いあまった恋情が率直に歌われています。歌中の「真野」は福島県南相馬市の真野川流域。
 
 なお、明治の文豪・森鴎外が主宰した「新声社」同人による訳詩集『於母影(おもかげ)』の題名は、笠郎女のこの歌が典拠となったといわれます。鴎外はドイツ留学中にエリーゼという女性と恋に落ち、結婚を考えるようになったものの、周囲から反対されて別れています。鴎外を追ってはるばる日本にやって来た彼女は、追い返される破目になり、その失意のほどはいかばかりであったでしょう。鴎外が笠郎女のこの歌に接した時、彼の脳裏に浮かんだのは、遠くドイツにいるエリーゼの面影だったかもしれません。

 

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