訓読 >>>
2627
はねかづら今する妹(いも)がうら若み笑(ゑ)みみ怒(いか)りみ著(つ)けし紐(ひも)解く
2628
いにしへの倭文機帯(しつはたおび)を結び垂(た)れ誰(た)れといふ人も君には益(ま)さじ
2629
逢はずとも吾(われ)は恨(うら)みじこの枕(まくら)吾(われ)と思ひて枕(ま)きてさ寝(ね)ませ
要旨 >>>
〈2627〉はねかづらを新しく着けた娘は、初々しく、はにかんだりじれたりしながら、身につけた紐を解いていくよ。
〈2628〉古風な倭文織の帯を結んで垂らすというけれど、その誰(垂れ)一人も、あなたにはかないません。
〈2629〉お逢いできなくとも、私は恨みはしません。この枕を私だと思って当ててお休みください。
鑑賞 >>>
「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」3首。2627は、かづらに寄せた歌。「はねかづら」は、年ごろの娘がつける髪飾りであると察せられるものの、どんな材料や形だったのかはよく分かっていません。「うら若み」は、まだ一人前の女とはいえない若さなので。「笑みみ怒りみ」は、笑ったり怒ったりして見せて。新婚初夜の儀式としてはねかづらをつけた娘が、初々しく顔を朱に染めながら、馴れない下紐を苦労して解いている姿を詠っています。しかし、全く違う解釈もあり、笑ったり怒ったりして女の下着の紐を解こうとしているのは男の方だとするものもあります。
2628は、帯に寄せた歌。「いにしへの」は、古風な。「倭文機帯」は、日本古来の簡単な模様を織り出した布製の帯で、珍重されたものです。上3句は「誰れ」を導く同音反復式序詞。妻が夫を讃えた歌のようです。2629の「枕きて」は、枕にして。「さ寝ませ」の「さ」は、接頭語。疎遠になった男に枕を贈った時に添えた女性の作とされます。言外に「枕とでも寝てろ!」の怒りの気持ちが込められているのかどうか・・・。
相聞歌の表現方法
『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。
正述心緒
「正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶる」、つまり何かに喩えたり託したりせず、直接に恋心を表白する方法。詩の六義(りくぎ)のうち、賦に相当します。
譬喩歌
物のみの表現に終始して、主題である恋心を背後に隠す方法。平安時代以後この分類名がみられなくなったのは、譬喩的表現が一般化したためとされます。
寄物陳思
「物に寄せて思ひを陳(の)ぶる」、すなわち「正述心緒」と「譬喩歌」の中間にあって、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌。譬喩歌と著しい区別は認められない。