訓読 >>>
我妹子(わぎもこ)が家(いへ)の垣内(かきつ)のさ百合花(ゆりばな)ゆりと言へるは否(いな)と言ふに似る
要旨 >>>
あなたの家の垣根の内に咲いている百合の花、その名のように、ゆり(後で)と言っているのは、嫌だと言っているように聞こえる。
鑑賞 >>>
紀朝臣豊河(きのあそみとよかわ)の歌。紀朝臣豊河は、天平11年(739年)に外従五位下になった人で、『万葉集』にはこの1首のみ。上3句は「ゆり」を導く序詞。「垣内」は、垣根の内。「さ百合花」の「さ」は美称。「ゆり」は、後日、後に、の意の古語。言葉の戯れのようにも聞こえますが、真剣に恋している男の歌です。
この歌について、窪田空穂は次のように言っています。「求婚ということを中に置いての男女の心理の機微を、いみじくもあらわしているものである。結婚前の女の心理として、本来消極的である上に、警戒心が強く働くところから、一応躊躇するのは当然なことである。反対に男は、積極的である上に、情熱的となっているので、女のその態度をあきたらずとして、否といったのに似ていると感じるのも、これまた当然である」。